ここに掲載したのは、ほんの一部です。
主に Chéri Hérouard を中心とした複数の画家による分担作業で(構成、色塗り、背景など、現代の漫画家の様に作業分担をして)描かれていた様です。
--曙書房時代--
この表紙は、画像をかなり加工してある様です。模写かもしれません。
--天星社時代--
帽子の色が違います。
極めつけはコレです。
→
“奇譚クラブ”の背景にLa Vie Parisienneの文字がハッキリ読み取れます。
天星社時代の後半以降は四馬孝画などが使われる事が多くなってきますが、私は、このLa Vie Parisienneの表紙と同じ絵を使っていた時期の奇譚クラブのデザインが好きです。
この時代は目次にも気の効いた(というか手の込んだ)挿絵が描かれている物が多く、全体としてのバランスも良くて気に入っています。
著作権的には問題が有りそうではありますが・・・
主に Chéri Hérouard を中心とした複数の画家による分担作業で(構成、色塗り、背景など、現代の漫画家の様に作業分担をして)描かれていた様です。
--曙書房時代--
この表紙は、画像をかなり加工してある様です。模写かもしれません。
--天星社時代--
帽子の色が違います。
極めつけはコレです。
→
“奇譚クラブ”の背景にLa Vie Parisienneの文字がハッキリ読み取れます。
天星社時代の後半以降は四馬孝画などが使われる事が多くなってきますが、私は、このLa Vie Parisienneの表紙と同じ絵を使っていた時期の奇譚クラブのデザインが好きです。
この時代は目次にも気の効いた(というか手の込んだ)挿絵が描かれている物が多く、全体としてのバランスも良くて気に入っています。
著作権的には問題が有りそうではありますが・・・
天星社が四馬孝画に変えてから10年で本家のLa Vie Parisienneも姿を消したのもまた面白い符合かも知れません。そして70年台に姿を消し、かたや82年かたや84年に同名の雑誌が発行されたことも不思議な因縁を覚えます。
2013/07/06(土) 09:20:29 | URL | Nama #ng.8cne6[ 編集 ]
> 同名の雑誌が発行されたことも不思議な因縁を覚えます。
まさにシンクロですね。
表紙は雑誌の顔ですから、長年に渡って奇譚クラブに掲載され続けた四馬孝画が表紙を飾るのは、ある意味で当然の事ですが、それまでとは雰囲気が一変している点で衝撃的でもありますね。
まさにシンクロですね。
表紙は雑誌の顔ですから、長年に渡って奇譚クラブに掲載され続けた四馬孝画が表紙を飾るのは、ある意味で当然の事ですが、それまでとは雰囲気が一変している点で衝撃的でもありますね。
2013/07/06(土) 13:59:25 | URL | 龍(RYU) #-[ 編集 ]
| ホーム |