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龍之巣
※警告※ 本サイトには性的・暴力的描写があり、未成年者の閲覧を禁止します ※警告※
縛る時の反応
私がM女を縛るときの相手の反応は様々でしたが、意外に思う事として自ら手を差し出すM女が非常に多いという事実です。

初めて縛る相手の場合、最初の1~2時間程度は緊張して汗だくに成る女性が多いのですが、その程度であって、その後は概ね落ち着いて・・・というか、どっぷりMの世界に没頭してしまって、余程キツイ命令でもしない限りは何でも言う事を聞いてしまうのです。

まぁ、だからMなんでしょうけど・・・
 
 
願望#2
 昨日の続きとなります
  
 
 
 
 ※警告※
 恐らく、一般の方が御覧に成られた場合、とても残虐で吐き気がする程の内容ですから御注意下さい。
 
 
 
 
 私の心に秘められた実践される事の無いであろう願望を書きます。
 
 
 
 
 ここからの続きと申しましても、それから約2年後、四肢の切断が終わり縫合痕が完全に塞がって安定期に入ってからの、或る日の午後を想像して、、、

 ダルマにしたM女には、牛革製の頑丈な(ビスチェに近い形の)コルセットを着用させ、そこに取り付けられた金具を使って壁掛けテレビや絵画の様にして壁面に設置し、着せ替えを楽しんだり、くすぐったり、抓ったりして楽しめそうです。

私「今日はこんな下着をしてみようか」と無地の白い下着をとりだす。

壁掛けM女「そんなの嫌よ、ていうかよく見付けてきたわね」

私「なんか無地の白って清楚な感じが好きなんだ」と言いながら着せる。

壁掛けM女「嫌って言ってるのにぃ」と言いながら真っ赤な顔でじたばたする。
※四肢が切断されている為、抵抗は無駄に終わりますが、この時のじたばたする様子が可愛くて愛おしくてしかたない訳です。

私「ほら綺麗になったよ」と言いながら少し愛撫しつつキスしてあげる。

壁掛けM女「キスで誤魔化そうとしても駄目だから」と相変わらず真っ赤な顔

私「あれれ、着せたばかりなのに、もう染み作っちゃったの?」

壁掛けM女「もォ・・・」

私「せっかく綺麗に仕上がったのに、ここだけはだらしないな」

壁掛けM女「・・・」

私「2択だ。この染みの蓋として電マをあてるか、だらしなくした罰としての鞭。どっちか選べ。」

壁掛けM女「どっちも嫌!」

私「即答、しかも両方か。贅沢だなぁ(笑」

と言いながら右足の付け根に電マを取り付け、足を僅かに開いた状態で電マが染みの部分にギリギリ触れない位置で固定。弱スイッチON。

壁掛けM女「いや、だから、違うって」

私はグラスファイバー製の短鞭を反対の左足太ももに沿って軽く滑らせてから一打擲「ビシ」と入れる。音は小さいが重くて細い痛みが彼女に走る。

壁掛けM女「ひとつ、、、イタタタ」
※一打擲ごとに数える様に仕込んである為、特に命令しなくても数え始める。

私は更に続けて2発、鞭は小さく音をたてる「ビシ」「ビシ」

壁掛けM女「ふたぁつ、みィっつぅ、イタぁィィィ」

次に電マが仕掛けてある右足にも一打擲「ビシ」と入れる。と、彼女は鞭を避けるふりをして右足を少し動かしハプニングを装って電マを染みにあてるが、不自然に長時間押し付けてしまう。

壁掛けM女「よォっつぅぅぅ」

彼女は既に目が怪しい。

私「やっぱり両方好きだな(笑」

壁掛けM女「はふぃ」既に心ここに有らずといった感じだが何とか回答する。

私は更に立て続けに3発の鞭を入れる「ビシ」「ビシ」「ビシ」

壁掛けM女「いつ、いっつ、いィ」と何を言っているか判らない状態で痙攣

私「数はどうした?」と言いながら更に2発「ビシ」「ビシ」

壁掛けM女「いぐ、いっ・・・・」と幾度か痙攣して硬直して果て、電マの音だけが部屋に響いていた。

私は電マのスイッチをOFFにして、壁から彼女を取り外し、ベットへ連れて行ってコルセットを緩め、唇にキスをしてから一緒に添い寝してあげた。

願望
  
 
 
 
 ※警告※
 恐らく、一般の方が御覧に成られた場合、とても残虐で吐き気がする程の内容ですから御注意下さい。
 
 
 
 
 私の心に秘められた実践される事の無いであろう願望を書きます。
 
 
 
前置き解説:
 麻酔は、手術の様子が判る様に出来るだけ局所麻酔にします。麻酔しないと痛過ぎて気絶してしまうかもしれないので、気絶予防の麻酔です。

 腕の関節には大胸筋や後背筋など主要な筋肉がくっついていて、これらは上半身の体形を形作っているといっても過言ではありませんから、上半身の体形維持の為にはこれらを残して肘の関節手前で腕をカットします。骨より皮と肉を長めに残して止血・縫合、ドレーン管を使って排血しながら同時に輸血をしつつ傷口が塞がるまで付ききりで看病してあげます。

 足も同様、お尻や腰の形を残したいので、主要な筋肉の付け根までは綺麗に残してカットします。

 筋肉は、使わないと数週間でエネルギー源として燃焼されてしまい瘦せ細ってしまうため、定期的に電流を流して直接筋肉に刺激を与えて形を維持します。


一つのイメージとしては、こんな感じで・・・

「これからお前の右腕を切断しようと思うんだけど?」

M女「はぁ?何言ってんの、ばっかじゃない」

「嫌なのか?」

M女「あっ、当たり前でしょ」※想像してちょっとドキドキしてる

「とりあえず全裸に成って、その手術台に上れよ」

M女「ていうか、もうはじめちゃう訳?」※ドキドキMAX

「いやいや、今日はシュミレーションしてみるだけだ」

M女「本当に今日は切らないでしょうね?」※少し怒った顔で服を脱ぎだす

「実際に切断するのは来年の今日、それまで色々考えておきなさい」

M女「そんな事云われても・・・」※既に色々と思考が巡って顔が真っ赤

「今日はシュミレーションだから、右腕の表皮から真皮までをメスで切って止血・縫合」

M女「え、ちょ、真皮までって・・・」

「その後、肘から先を折畳んで肩から先を包帯で完全に巻いて、更に石膏で固定する。つまり肘から先が無いのと同じ状態だ。」

M女「ねェねェ、右腕だけ?だよね・・・」

「なんだよ、両腕の方が良かったのか?」

M女「ていうか、ほら、なんていうのかシュミレーション・・・だから?・・・」

「なんだ、ぐじょぐじょに濡れてるじゃないか」

M女「あ、だっ、ほら、あれ?・・・」※今迄見た事無い位に顔が真っ赤

---1年後---

M女「ねっ、ねっ・・・、今日、ホントにするの?」

「あぁ、カットするよ。ついでだから両腕にしよう」

M女「はぁ?右腕だけって言ってたじゃない」

「嫌なのか?」

M女「嫌って言うか・・・ほら、・・・ねェ?」

「心配するな、食事は餌皿に顔突っ込んで食べれば大丈夫だし、風呂は時々入れて全身くまなく隅々まで洗ってやる」

M女「それは、そうなんだろうけど・・・」

「トイレも今迄と同じで、時々浣腸してやるし、お前専用のガラスボウルトイレはいつも使ってる通りだ」

M女「それも、そうなんでしょうけど?」※なぜか嬉しそうな顔で可愛く言う。

「とにかく始めるぞ」

M女「ねェ、切った先の手って、どうするの?捨てちゃうの?」※少しあわてている感じで。

「剥製にして、オブジェとして飾っておこうかとね。重さや質感も完璧に再現したら、どんな感じだろうな?」

と言いながら麻酔が効き始めた右腕にメスを入れ、皮下組織を取り除くものと残すものを選り分け切除、止血、骨の切断、末端処理、縫合・・・

M女「あぁぁぁ切られちゃってるゥ・・・」

「剥製にするから、もう二度とくっつかないぞ」

M女「そんなぁ・・・」

「お前の筋肉って、どんな味がするのかなぁ・・・食べてみようか・・・」

M女「あぁ、龍様が食べてる、私、食べられちゃってるゥ・・・」

「血管も」

M女「あぁ、私の血管、どんな味ですかぁ?」

「コリコリして美味しいよ」

M女「あぁうぅ、有難う御座いますゥ・・・」

「この黄色い脂肪細胞の塊も食べてみようか」

M女「脂肪ってなんか恥ずかしいですゥ、不味くないですかぁ?」

「生暖かくて、ジューシーで、とっても美味しいよ」

M女「うぅぅ、、有難う御座いますゥ・・・私シィィ、逝っちゃいそうですぅ」

「まだ左腕が残ってるぞ」

M女「そんなぁ・・・逝ってもいいですかぁ」

「じゃあ、今日は特別に右腕だけにして、来月また左腕で一緒に楽しもうか」

M女「ありがとうございますぅ・・・また左腕でェ楽しんで下さイィ御願いしますゥ・・・逝っちゃうぅ逝くぅ」

「いっていいよ」

というと、彼女は痙攣しながら達してしまった。

私は、そっと唇にキスをしてから、輸血とドレーン菅の処理を済ませ、残った左手中指にサチュレーション(Saturation:血中酸素濃度計、同時に脈拍数も測定出来る優れもの)を取り付け直してから、布団を掛けて意識が戻るまで見守ってあげる事にした。右腕を剥製にするのは彼女の目が醒めてからだ。左腕はホルマリン漬けにしようって話してみる事にした。

ポニーガール
 M女を馬(主に馬車馬)に模したロールプレイとして知られています。

 ポニーとは比較的小型の馬種の事で、成人男性が騎乗すると不恰好に映る為、子供や小柄な女性の乗馬として或いは一頭立ての小型馬車用の馬車馬として使われる事が多く、M女を馬に見立ててロールプレイをした場合にもこれと同様に騎乗しては不恰好に映り、とても乗用には耐えられませんが、小型軽量馬車の馬車馬としてなら、ちょうど人力車の様に軽快に使役させる事も比較的容易で、従って馬車馬としての美しい歩様に向けての調教や、馬車馬としての馬具の装着、実際に馬車を引かせる行為などがポニープレイの主な内容に成ります。

 別の側面として、馬は体格が大きい品種ほど性格がおっとりしていて長時間労働に良く耐えますが、逆に小型の品種であるポニーは女性のヒステリー同様に短気を起こす性格の馬が多く長時間労働には向きません。ポニープレイにおいても、じゃじゃ馬ぶりを見せるが同時に華奢にも見えるM女を調教し馴致してゆく過程を楽しむといった意味が込められているのかもしれません。

 本格的なポニープレイには専用のオーダーメイド馬具と、気品の有る小型軽量の乗用馬車が必要で経済的なハードルが高いのですが海外では実践されている方々も多く見受けられます。特に、ポニープレイでは牽引するものが馬車ではなく荷車その他の場合に馬が馬車馬ではなく駄馬(*1)や農耕馬としての扱いに成るなど、馬車の装備はそのまま馬の品格とも結び付き、乗り手のステータスを表す事にも成ります。

 国内でも奇譚クラブにはポニーガールが多数登場しておりましたが、近年の本邦におけるSMでは殆ど見掛ける事が無くなってしまい、極少数の方々によって実践されているのみです。

 仮に、ポニーガールとしての競技会が有るとすれば、美しい姿勢、美しい歩様、命令への完全な服従などが採点項目として挙げられ、命令拒否は減点という事に成るでしょう。従って調教の目標もおのずと美しい姿勢を長時間キープする事や、規則正しく高くて抑揚のある優雅な足様で歩き又は走る事、手綱操作に対しては即時かつ従順に応答させるといった事に成り、これらを満たせないポニーは駄馬という事に成ると思います。

※1:駄馬と言っても、馬車馬も駄馬の一種ですが、牽いている馬車や馬装によって品格が問われるのは確かです。
エロ行為としてのSM
 前回の記事で書いた様な、調教を伴うSMとは明確に異なるSMの形もあります。

 それはエロを追求した先にあるSMであって、フェチに近い、又はフェチそのものである場合もあります。

 つまり、立場の差や命令に対する姿勢などは余り気にせずに『縛られると、それだけで感じてしまう』とか『鞭だけで逝ってしまう』とか『鞭で叩くと興奮する』或いは『女を雁字搦めに拘束すると興奮する』など、そういったSMの形で、マルキ・ド・サド(Marquis de Sade)の世界観などは、まさにこれでしょう。

 例えば、ハイヒールを崇拝しているM男が居たとして、彼はハイヒールを崇拝しているだけであって、必ずしも女王様に屈服しているとは限りません。ハイヒールという餌を目の前にして、それを崇める過程で女王様の命令にしぶしぶ従っているだけかもしれず、決して女王様本人を崇拝しているとは限らないという事です。もちろん、彼の好きな命令を与えれば進んで従うでしょうが、逆に、やりたくない命令は萎えてしまい、あっけなく拒否したりもするでしょう。

 M女の場合も、口では御主人様と言っていたとしても、それは単に鞭や縄といった甘い餌を与えてくれる便利な人として見ているだけかもしれず、御主人様本人を主として従の立場から崇めているとは限らない訳で、ここにSMの“S”はサービス(Service=奉仕)の“S”が誕生する訳です。

 こういった行為を、私は『SMプレイ』と言っており、もちろん大好きです。大好きですが絶対に『調教』とは言いません。

 とはいえ調教が完成してしまえば、主従関係が明白であっても後はSMプレイを楽しむだけですが・・・

---書きかけ---
自分で書いておきながら、今回は全体的に違和感を感じています。何かが違う、その何かが明白に成れば一歩前進出来る気がしています。

 
馴致(じゅんち)と調教
 本来、調教とは痛めつける事が目的ではなく、人が意図した通りの作業を馬などの動物にさせる為のトレーニングを重ねる行為を指し、そして馴致(じゅんち)とはその作業や場の雰囲気などに馴染み抵抗無く受け入れ易い精神状態に仕込んでゆく過程をあらわしています。例えば乗馬での馴致と調教は数年~10年程度掛けて特定の競技や使役に適した状態に向けて少しづつ完成に近付けてゆく長期的で段階的かつ計画的な物であって、たった数時間程度の一過性の行為を指す訳ではありません。およそ3倍の寿命を持つ人間であれば30~40代に成ってようやく調教が完成すると考える事も出来るでしょう。

前提条件
 馴致と調教に先立って行われるべき事として、主従/師弟/慈崇/上下/先後/優劣など立場の違いを明確に意識させる事が重要に成ります(もちろん立場の違いが曖昧なSMプレイもあり、それを否定する訳ではありません)。つまり、どちらがボスで、どちらが子分なのかを御互いに共通認識していないと馴致や調教は何も始まりません。体力面だけの優劣は殆ど無意味で、精神面での共通した立場認識と、その立場なりの一貫した姿勢と態度が必要です。運良く自然とそうなる事もありますが、常に意識しておく事で、より明確に成り効果も高まるでしょう。但し、何も無い所から突然天と地ほども立場に差を作っては受け入れられない事もあるでしょうから、その辺りは臨機応変な対応が必要です。

立場に対する意識の状態としては、

            無自覚/未認知
                ↓
 拒絶/嫌悪 ⇔ 抵抗 ⇔ 未同意 ⇔ 同意 ⇔ 享受


が有り、曖昧でふらついている時も有りますが、拒絶/嫌悪の状態から抜け出す事が出来れば馴致/調教可能です。但し法的には最低でも同意が必要です。そして当然の事ですが享受している状態に近付く程に馴致や調教の効果は高まり、逆も然りです。予め信頼関係が構築されていれば最初から良い状態でスタート出来るでしょう。

馴致(じゅんち)
 通常、調教に先立って馴致が必要です。
 SMにおける馴致は、例えばアナル開発を例にすると、初期段階で軽くアナルに触れたり、優しい言葉で誘導しながらローションを塗り込んで指先を僅かに挿入するなどして徐々にアナルに対する抵抗感を取り除き、小型で細いアナルプラグに慣れさせる所から始め、長期間掛けて目的の太さまで徐々に拡張してゆくような行為がまさに馴致と言えます。その際に抵抗感や恐怖感を感じる事無く、むしろ積極的に受け入れ自らプラグ挿入を欲する様に成れば馴致の成功と言え、逆にアナルに対する抵抗感や恐怖心を植え付けてしまった場合は馴致の失敗で、これを取り戻す事は困難な事も多いのですが、仮に恐怖心を植え付けてしまったとしても、Mの気質としては自己の恐怖心さえも快感に換えてしまう(恐怖心を快感に換える事が出来るか否かは本人の気質次第でもあり、むしろ逆効果となって命令に対する拒否癖が付いて悪習になり、それが進行すると拒絶/嫌悪状態に成ってしまう可能性もあり要注意)所にSMの醍醐味とでもいうものが潜んでいる様に思います。これとは別に、恋慕/思慕/畏怖感情などがハードルを低くも高くもするでしょう。

調教
 SMにおける調教は時として漠然としていて単にSMプレイの事を指すと思われがちですが(もちろん他人が彼らの世界感の中でそれを調教と呼ぶ事に異議を唱えようとは思いませんが)、本来の意味から云えば本人又は依頼を受けた調教師がM女/M男に対して何らかの目標を設定し、その目標を達成出来る様にトレーニングを積み重ねる事を指すべきで、その過程で「命令」に対して「反抗」した場合にのみ鞭などでを与え、逆に「従順」であった場合は愛撫などで褒めてあげる事によって、いわゆる飴と鞭によってトレーニングを積み重ねて目標に近付けてゆく行為を指すべきであろうと考えています。但し、Mにとっては度重なる鞭の打擲によって鞭が飴に成り得る所にSMの醍醐味とでもいうものが潜んでいる様に思います。

 例えば正座をさせ土下座させて挨拶口上を述べさせる調教を行う場合、当初は一連の流れを大まかに教え込み、概ね流れを覚えた時点で愛撫などして褒めてから終了し成功体験を植え付け、その後は段階的にハードルを高めて行き、正座の作法、土下座の角度や頭を下げている時間、挨拶口上の感情の込め方や一字一句に至るまで厳密に定め、少しでも間違えた場合は即時打擲し、又、教えた通りに出来た時は直ちに愛撫して褒めてあげるなどして完成度を高めてゆく行為が調教と言えるでしょう。何の目標も無く、命令に対する反抗が有った訳でも無く、ただただ鞭打つ様な行為は単なる一過性のSMプレイ或いは虐待であって調教とは言い難いでしょう。調教のハードルは進行状況や錬度によって設定されるべきで、錬度から掛け離れた難易度の高い行為を突然強要するのはかえって全体の調教を崩し、調教が後退する危険があり目標達成の為には避けなければいけません。最終的にSがMの所作を見て感動する所に到達すれば調教は成功と言え、調教の結果として駿馬と成るか駄馬に終わるかは調教師の技量とMの素質次第です。そして、調教が完成した駿馬は如何なる命令にも(実行の可否に関らず)死の直前まで服従の意志を示し、命令を与えた者は最終的な結果に対して全責任を負う覚悟が必要でしょう。
SMでの乗馬鞭
 SMと言えば鞭と蝋燭と言われるくらい鞭は主役的存在、しかしSM用として市販されている鞭の殆どはSM用であって乗馬用とは形や素材が異なります。

 乗馬鞭には乗り手が使う短鞭と長鞭の他に調教用の追い鞭などが主に知られていて、筆者の経験としてはSMグッズショップでは主に短鞭を模した柔らかいものなどがSM用の乗馬鞭として市販されている様です。購入した事も有りますが、柔らか過ぎて扱い辛かった印象が有り、あまりお勧め出来ません。しっかりとした馬具店での購入をお勧めします。

馬の皮膚感覚と乗馬鞭の強度
 乗馬を知らない人には意外に思われるでしょうが、馬はハエが近付いただけで反応する程に皮膚が敏感で、尻尾でハエを追い払う習慣があり、視界から外れた死角に居るハエにも皮膚感覚から的確に反応して尻尾を使いハエを追い払っています。従って鞭も軽く触れる程度で効果を与える事が可能で、競馬の最終局面で追い込む際の鞭は既に半狂乱状態で疾走している上での行為であって、競馬よりも冷静な判断が求められる乗馬でその様な強打を与える事は殆どありません。

短鞭(Riding crop, Jumping crop, Race Bat, Show cane, Riding cane
 短鞭(たんべん)は、ジャンプ競技や野外騎乗や競馬などで利用される国内では最も普及した乗馬鞭。乗り手の片腕程(50~70cm程度)の長さで海釣り用の太いリール竿程度に撓る棒状のものが一般的で、上級者は馬や乗り手に合わせてカスタマイズ或いはオーダーメイドされた物を愛用する事があります。
 SMで乗馬用の短鞭を利用するメリットは、硬くて短い為に狙った場所に難なく当てる事が出来る為、僅かな練習で思い通りの痛みを思い通りの部位に局所的かつ的確に与える事が可能で、乗馬や競馬でも行われている見せ鞭(鞭を見せるだけで叩きはしないが、叩かれるかもしれないプレッシャーを与える効果を狙って、それとなく見せる行為)の効果や、指揮棒の様にして命令動作に利用したり、軽く肌を撫でる様にして愛撫などにも利用出来て扱いやすいと思います。実用を考慮して叩く道具として製造されている為に玩具と異なり耐久性が有りますので、不慮の事故で意図しない切り傷を作ってしまう様な事故も起き難いでしょう。

狩猟鞭(Hunting whip, Hunt crop)
 ヨーロッパ貴族が狐狩など騎乗して狩をする際に使用したのがルーツとされている鞭。先述の短鞭と似た形状の物から、後述のブルウィップ/ストックウィップの様な物まであり、通常は短鞭形状の部分と先端の一本鞭状の部分とがセパレート式に成っていて、これらの原型とされています。国内では殆ど見掛る事は無く知らない人も多いでしょう、しかし英国などでは多数流通しています。SMでの効果効能に付いては短鞭の項とブルウィップ/ストックウィップの項を参照願います。

ドギングバット(Dogging Bat)
 ウエスタン競技の中でもバレルレーシング(ウエスタン競技の中でも数少ない女性が活躍する迫力の有るスピード競技。上位クラスの競技会では逞しくも美しい女性の勇姿が数多く見られる花形競技の一つ)などのスピード競技で鞭の様にして使うパドルバット。
 先述の短鞭と同じ形状のものからパドル状のものまで様々な形状があり、尻を叩いて馬を急き立てる事に使われている為、SMというよりもスパンキング用アイテムとして尻叩きに利用される事が多いです。

編み鞭/クワート/オーバー・アンダー(Quirt, Over N Under)
 後述のストックウィップに分類される事が多いのですが、ストックウィップとは明らかに長さと用途が異なります。短くて柔らかい一本鞭と言えばSM界では伝わるかもしれません・・・ウエスタン乗馬で利用され、手に持って馬体(肩や後躯)を直接叩きます。鞭として単独で利用する物と、手綱と一体化した物とがあります。

ブルウィップ(Bullwhip)/ストックウィップ(Stockwhip)
 いわゆるカウボーイが携帯し、牛や馬など大型家畜の群れ追いに利用する追い鞭の一種。後述の追い鞭と同様に牛や馬に直接打撃を与える事が主目的ではなく、鞭の音を使った威嚇によって群れを誘導する事が主な用途になります。
 SM用の一本鞭に形状が酷似していますが、牧畜用の実用的な道具として外観よりも耐久性その他を考慮して製造販売されている点で大きく異なります。(SM用の一本鞭として販売されているものは華美な装飾が施されている物が多い)。
 素材が柔らかく、打擲に利用した際は回り込んで急速に加速し意図しない部位に意図した以上の強烈な打撃を与える可能性が有り、追い鞭同様に先端が目に入れば失明の危険が非常に高く相当の錬度が必要であり、初心者には絶対に御勧め出来ません。ある程度の熟練者であっても、ショー経験が少ない人が他人に見せると(従って規模も小さい為)意図せず観客に当ててしまう事故が起き易く危険です。相当の熟練者(複数の的の中から一つだけ選んで毎回必ずそこに中てられるくらいの熟練者)でない限りは自分の立ち位置から届く範囲の物全てに気を配る必要があるでしょう。

長鞭(Dressage whip, Schooling whip, Driving whip
 長鞭(ちょうべん)は、ドレッサージュ(馬場馬術)と云う騎乗してダンスを踊る競技用に騎乗したまま馬の調教(競技中は使用しません)に利用したり、馬車馬のコントロールに利用されます。人の背丈程度の長さで釣竿程度の硬さの棒状の鞭で先端部分に数センチ~十数センチ程の皮や紐が取り付けられ、人肌に使うと軽い操作で局所的に鋭い痛みを与える事が可能ですがSMで利用するには前もってある程度の練習が必要です。素材に芯が通っている為に大きく的を外す様な事はなくSM用として売られている一本鞭よりも扱い易く、用途としては複数同時調教やポニープレイでの調教などに有効です。難点としては一本鞭やバラ鞭などのSM用の鞭よりも地味で音も静か、SMショーの演出や音による威圧には向きません。

追い鞭(おいむち, Lunge whip
 調教の過程で調教師が騎乗しないで離れた位置から利用する鞭、長鞭と同等かそれより更に長い鞭の先端に長い紐が付けられており、調教師が馬から数メートル離れた位置から馬を追い立てる為に利用します。馬体に直接当てるのではなく、鞭の音を使った威嚇によって馬を急き立てる用途に使われます。
 SMで利用するには長過ぎて不向き、SMショーの演出としては効果的かもしれませんが先端が目に入れば失明の危険が非常に高く(乗馬の調教においても目に入らない様に先端部分が地を這う様にして使われる事が多い)、SMショーで利用する場合は調教対象よりも観客に怪我(最悪の場合は失明)を負わせてしまう可能性を十分に考慮し、自分の立ち位置から届く範囲の物全てに気を配らなければならないでしょう。
相当の錬度が必要な為あまり御勧めは出来ません。ポニープレイで調馬索調教を行う際は、先端の紐を短くカットするか長鞭(Driving whip)での代用をお勧めします。

最後に・・・
 M嬢/M男の肌質にもよりますが、鞭打ちは比較的簡単に蚯蚓腫れを起こす事が出来ますから、ご自身で同じ道具を使って自分の体に試すなどして意図しない蚯蚓腫れを起こさない様に予め感覚を掴んでおく必要が有ります。全ては鞭を持った人のさじ加減で決まります。蚯蚓腫れは肌質や深さにもよりますが長い時には完治までに10日前後かかり、同じ部位に重ねて幾度も打ち込むと永遠に傷痕が残る可能性もありますので御注意下さい。相手が望まない鞭は傷害罪として実刑が科せられる事もあります。
美しき縛しめ (写真集)
『美しき縛しめ』とは、奇譚クラブの写真を中心に作られた十一冊の限定本ですが、その掲載写真の殆どが未発表のフイルムから厳選され構成されており、雑誌(奇譚クラブ)に掲載されていたものとは趣を異にしています。

---美しき縛しめ(うつくしきいましめ/しばしめ)---
※雑誌コード/IBMナンバー/ISBN等記載なし

曙書房時代
 第1集 昭和28年(1953)7月 縛られた女ばかりの16態
 第2集 昭和28年(1953)12月 縛られた女ばかりの32態

天星社時代
 第3集 昭和39年(1964)2月 縛られた美女ばかりの超豪華アルバム
 第4集 昭和40年(1965)6月 華々しき女体緊縛の組写真集
 第4集 昭和39年(1964)6月発行/昭和41年(1966)2月発売 豊満と清楚(第4集は2冊ある)
 第5集 昭和40年(1965)8月 女性刑罰拷問特集 日本版
 第6集 昭和40年(1965)8月 緊縛美女艶姿百態
 第7集 昭和41年(1966)2月 刺青の魅力を探ぐる
 第8集 昭和41年(1966)2月 女斗緊縛競艶場面写真集
 第9集 昭和41年(1966)8月 女性刑罰拷問特集 西洋版
 第10集 昭和41年(1966)8月 責められる美女百態
 第11集 昭和41年(1966)11月 緊縛美態代表作品120葉

曙書房時代には生写真をそのまま生写真に近い表現力が出せるコロタイプ印刷を使った手作りの豪華なアルバムとして第一集、第二集が発売されています。
第一集~第二集では絶対的な枚数は少ないものの、それだけに凝縮され第三集以降とは明らかに異質の、普段あまり見掛けない縛りが多数登場し、一枚一枚が入魂の作と言えます。現代の緊縛写真で目が慣れてしまった方々が見ても初めて緊縛写真を見た時のドキドキ感を久しぶりに味わう事が出来るかもしれません。
この当時の緊縛師は緊縛SMの黎明期であり恐らく経験としてはさほど多くなかったのではないかと思われ、にもかかわらずグッと伝わってくるものがあります。
当時の価格500円を総務省発表の消費者物価指数を元に平成24年の物価に換算すると概ね9.2倍の4,600円に成ります。

天星社時代には現代風の写真集として光沢紙にモノクロ印刷され第三集~第十一集までが発売されています。
第三集以降は中綴じ32ページ構成(8枚×4頁)となり、1ページ辺り1~4枚の写真で構成され一冊合計70~120枚の写真が掲載されています。
当時は戦後インフレの中にあり、定価が倍の1,000円に跳ね上がったにもかかわらず総務省発表の消費者物価指数を元に平成24年の物価に換算すると概ね4.4倍の4,400円で、ほぼ同じ価格(又は若干安価)で販売されています。

両出版社時代ともに写真は全てモノクロで独特の趣があり、基本的には書店での店頭販売はされず、専ら本誌読者限定の通信販売のみ、但し書店側が独自に入手して店頭に並べていた可能性はありそうで、また天星社時代の第6集のみ通販限定を意味する『限定版』の冠が取り除かれ『アルバム』に置き換わっている為、店頭販売されていた可能性もあります。

第4集は2種類あり『豊満と清楚』本体には昭和39年(1964)6月1日発行と印刷されていますが当時の奇譚クラブ本誌には広告掲載されないままお蔵入り?に成ったと思われ、二年後に略号「限二」として改めて突如発売されました。タイトルには第4集の記載が残されたままになっており時期的にみてこちらが第4集のオリジナルと思われます。いくつかの推測が成り立ちますが『豊満と清楚』を印刷した当時、東京都や神奈川県が条例で裸体の描写に厳しい制限を加えてきた為、奇譚クラブ本誌はグラビアを自粛し、裏窓に至っては廃刊に追い込まれた時期ですので、それを考慮しての対応かもしれません。もしくは単に広告し忘れ、通販限定本故に販売されないままダンボールに入れられた状態で放置され、後に倉庫整理などをしていて発掘されて大幅に遅れて広告・販売された可能性などもあります。奇譚クラブ昭和41年(1966)3月号51ページに略号「限二」と並んで略号「美4」が同時に広告されています。

出版社が暁出版に成って以降このシリーズは発表されず、代わりに臨時増刊号として女体緊縛写真集と題した類似の写真集を出しており、特徴としてカラーページが数枚あります。

余談ですが『縛しめ』の送り仮名は一般的ではなく『縛め』と書かれる事が一般的、にもかかわらず第一集~第十一集まで一貫して『縛しめ』で通しています。そこに何らかの強い意志が隠されているのか?否か?は御想像に御任せ致します。

何れにしろ、時代背景(印刷技術)として写真集の出版が困難又は高価な時代に何とかして緊縛グラビアを世に送り出そうとしていた強い意志が感じられます。

こちらに出演モデルの一覧など調査結果を記載しておりますので、よろしければ参照下さい
 
 
奇譚クラブ (雑誌) 一覧

奇譚クラブ全巻(本誌/別冊/増刊/限定版)を全て網羅した一覧(のハズ)です。

--昭和22年(1947)--
この時点で日本は連合国軍による占領下にあり、占領軍による検閲を受けながら出版しています。郵便による直販までも検閲を受けています。

通刊第001号第01巻第01号昭和22年(1947)11月『創刊號』
KK4711P01.jpgKK4711P02M.jpgKK4711OKZK.jpg
全24頁、中綴じ、18円(消費者物価指数換算で現代の約300円相当)。
昭和22年(1947) 10月20日印刷
昭和22年(1947) 10月25日発行
昭和22年(1947) 10月30日検閲(GHQによる検閲)
奥付には“月刊”と書いてある為、創刊当初より月刊誌を目指していたと思われます。

戦前の雑誌グロテスクの表紙を模した龍の表紙と、冒頭の目次は首吊り処刑台の下に髑髏が無造作に置かれ、その上を蝙蝠が飛び廻り不気味な雰囲気を醸し出しています。

 生殖器崇拝と性的神、土俗玩具の研究、十代の娘に避妊手術させて売る母親、人肉の味など、戦前に流行していたエログロナンセンスを踏襲しつつエログロに力を入れた内容となっています。弓削忍「妖花乱れるくるわみち金塚街道に拾う夜の大阪」には度々男娼が登場し、つまり創刊号から男娼を扱っています。もし弓削忍が本名だとすると地域的に物部氏に連なる系統の弓削氏である可能性があり、弓削氏の祖とされる物部守屋の逸話として、3人の尼(娘善信尼・恵善尼・禅蔵尼)を捕らえ、衣をはぎとり全裸に剥いて群衆の目前で鞭打ったとあります。

通刊第002号第01巻第02号昭和22年(1947)12月号『変態奇人號』
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全28頁、中綴じ、18円。
昭和22年(1947) 12月 9日検閲(GHQによる検閲)
昭和22年(1947) 12月10日印刷
昭和22年(1947) 12月15日発行
奥付には創刊号に引き続き“月刊”と書いてあります。
大売捌所(現在の出版物取次:東販や日販に相当)として立誠社が記載されています。

 日本髪に大蛇の刺青を入れた裸婦が描かれた表紙、冒頭の目次は創刊号と同じ首吊り処刑台と、その隣に裸婦の挿絵(創刊号5ページの挿絵を流用)が追加されました。

 サディズムやマゾヒズムに付いて書かれている他、フェティシズム、グキスム(陰部盗覗症患者)、弓削忍「変態奇人狩り種探訪」、矢部文吉「原始人の変態を探る」、左海山人「生殖器崇拝と性的神土俗玩具の研究(二)」など。弓削忍という人物は初期の奇譚クラブに度々登場しています。

 この時点では未だ奇譚クラブはSM専門誌ではなく(そもそも、この時代には未だSMという略語が無い)、この特集号で変態奇人をジャンル別けしてそれぞれを紹介し、その1ジャンルとしてサディズムとマゾヒズムをそれぞれ個別に紹介した変態特集と成っています。創刊号にはサド・マゾに関する記載がありませんので、これが奇譚クラブとしては初のサド・マゾを掲載した記事となります。

--昭和23年(1948)--
通刊第003号第02巻第01号昭和23年(1948)01月号『情艶いかもの號』
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全28頁、中綴じ、18円。
昭和23年(1948) 1月15日印刷
昭和23年(1948) 1月20日発行
昭和23年(1948) 1月20日検閲所到着
昭和23年(1948) 1月23日検閲完了(GHQによる検閲)
奥付には創刊号,2号に引き続き“月刊”と書いてあります。

 オスの鼬に襲われている裸婦の表紙、冒頭の目次は創刊号からの不気味なデザインを継承しています。

 拷問・処刑の例として緊縛絵が3態ほど、磔・海老責・吊が紹介されており、これが奇譚クラブ初の緊縛絵となり、またGHQによる本格的な検閲を受けた最初の号でもあります。

 カストリ誌が3号で潰れると言われた本当の原因は、風俗誌が3号あたりまで続くとGHQが検閲して潰していた為で、3号まで出すと検閲を逃れる為に誌名を変えていた側面がある様です。

 26頁に全裸モデル写真分譲の案内がありますが、これが一般的なヌードなのか、それとも緊縛写真であるかは不明です。当時の秘匿検閲は出版物のみではなく直接の郵便物にまで及んでいましたので不着の分譲写真が多数あったかもしれません。

通刊第004号第02巻第02号昭和23年(1948)02月号『粹人耾奇特集号』
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全36頁、中綴じ、22円(消費者物価指数換算で現代の約200円相当)。
昭和23年(1948) 2月15日印刷
昭和23年(1948) 2月20日発行
昭和23年(1948) 6月8日検閲完了(GHQによる検閲)
奥付には創刊号から引き続き“月刊”と書いてあります。

 前号で受けた本格的なGHQによる検閲の影響に加え、この号では検閲完了までに4ヶ月を要し、前号までとは一変し有触れた風俗雑誌に変更させられています。以後、サンフランシスコ条約によって日本が部分的に主権を回復した事になるまでGHQによる検閲が続きグロやSMなどの変態的な表現が抑圧されます。

 創刊~3号まで使われていた不気味な骸骨と蝙蝠の処刑台を描いた目次の挿絵は有触れたヌードに変更され、3号まで続いたエッジの効いたエログロ路線とは異なり極普通の大衆向け風俗誌に成ってしまった雰囲気が全体に漂っています。

 これ以降4巻~7巻までタイトルロゴ、ページ構成、最終ページのグラビアなど統一された構成で出版されています。

 当時、検閲を逃れる目的で進駐軍兵士の事を「大男」や「ボーイ」と表現していた事からも判りますが、目次にあります “強 姦ボーイ” は、当時頻発していた進駐軍兵士による日本人女性(一般市民)に対する強 姦をモチーフにしつつ検閲を逃れる為に小平義雄事件を引き合いにしているものと思われますが、そもそも小平義雄事件がことさら過大に喧伝され(逆に進駐軍兵士の事件は一切記事にする事を禁止されてい)た理由はGSによるプロパガンダの一種として進駐軍兵士=米兵による強 姦を日本人が行ったかの様に刷り替える為の印象操作ですと言い切ってよい程の指導が為されていました。

通刊第005号第02巻第03号昭和23年(1948)03月号『愛慾流轉號』
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全36頁、中綴じ、22円。
昭和23年(1948) 3月15日印刷
昭和23年(1948) 3月20日発行
昭和23年(1948) 9月21日検閲完了(GHQによる検閲)
 奥付には創刊号から引き続き“月刊”と書いてありますが、この号より大売捌所の記載が削除されており検閲の影響で取次を拒否された事が判りますが、それを示すかのように取り締まり強化に対する不満の様な物が編集後記に記載されています。本来の発行日から検閲完了までに半年を要している事も不満であったろうと思われます。この時期は事前検閲ですから半年間の販売停止と同等の処分を受けていた(発行日から事前検閲終了日まで半年)事になるのでしょう。

 巻頭言には曰く「奇譚クラブは、古今東西にわたる奇談珍聞を集めて面白く楽しい明朗軽快な娯楽雑誌として堅賓な歩みをつづけてきた。奇譚クラブは、決してエロやグロやスリルをのみ狙うものではない。」としてますが、これは明らかに創刊号から創刊3号までの流れを全く否定する書き出しですから、創刊3号で行なわれたGHQ検閲により軌道修正を余儀なくされた事に対しての鬱憤を冒頭にわざと不自然な形で掲載したのではないかと思われます。目次の挿絵もグロテスクな髑髏と蝙蝠の処刑台を4号でヌードに変更しましたが、それを更にミロのビーナスをモチーフにした様な芸術を狙った挿絵に変更させられています。

 結局、この号は占領軍による事前検閲を受けて違反の烙印を押されました。しかしながら後に時々中断しながらも30年近くに渡り出版されている為、これを機に以後プロパガンダに利用されていた可能性もありそうです(そう考えれば、通常短命に終わる筈のカストリ誌が30年に及ぶ長寿を全うする結果となった事も納得出来る)。もしくは耐え忍ぶ反骨精神が有ったのかもしれません。

 目次左端に記載のあるマンガ『透明人間の自殺』は何処にも書かない事で透明人間の自殺を表現しているのかもしれませんが、この部分は糊付けされて見えなく成っていましたので掲載取り止めに成った可能性もあります。作者名が判読し辛いのは糊付けを剥がす際に失敗した痕跡で、実物はもっとボロボロですが画像を修正して可能な限り復元しています。

 余談ですが、表紙絵を良く見ると不思議な絵ですね。2号~4号まで裸婦が表紙に掲載されていますが、これも検閲の影響で後から不自然に水着などを付けさせられたのかもしれません、夜桜の花見宴会の席で酔っ払って覆面をしてマントをかぶり陽気に踊っている様子なのかもしれませんが・・・

通刊第006号第02巻第04号昭和23年(1948)04月号『艶笑 新緑増大号』
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全36頁、中綴じ、22円。
昭和23年(1948)4月15日印刷
昭和23年(1948)4月20日発行
奥付には創刊号から引き続き“月刊”と書いてあり、また第六號と記載されています。

 この号は刑法175条[わいせつ物頒布罪]で摘発され、昭和27年(1952)4月1日最高裁への上告棄却で有罪確定(罰金5千円=有罪確定時の消費者物価指数換算で現代の金額に換算して約3万3千円)。

 奇譚クラブ初の女体緊縛絵(奇譚クラブにおける緊縛絵の初出は創刊3号ですが男体緊縛ですから、女体の緊縛としては、この号が初)が掲載されております。

通刊第007号第02巻第05号昭和23年(1948)05月号『新鋭短篇特集號』
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全36頁、中綴じ、3円値上げし25円(消費者物価指数換算で現代の約230円相当)。
昭和23年(1948)5月15日印刷
昭和23年(1948)5月20日発行
奥付には創刊号から引き続き“月刊”と書いてあり、また第七號と記載されています。
この時点では未だ(表紙タイトルや目次等を除き)横書きの記述方向が右から左へ書かれています。
こちらは昭和21年10月15日発行の雑誌『獵奇』創刊號 裏表紙 です、上の奇譚クラブ通巻7号表紙絵とそっくりですが首筋やへそなど細部が異なります。
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通刊第008号第02巻第06号 昭和23年(1948) 臨時増刊 『妖怪変化特輯号』
 第6号(4月20日発行)の裏表紙(下の画像)に4月下旬発行の広告が掲載されており、これが通刊8号(臨時増刊は通刊番号としてカウントされる為)と思われます。この号は第7号(5月20日発行)の奥付頁に発売延期の連絡が記載されていますが最終的には出版差し止めに成った可能性があります。
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 第6号が摘発された影響で出版取り消しに成った可能性もありますが、もし発売されていたとすれば奇譚クラブで初の増刊号になります。実際、次の通刊9号まで半年間に渡って休刊していますので摘発の影響は大きかったのではないかと思われ、半年間の発行停止処分を受けていた可能性もありますが当時はGHQにより検閲の実態を公開する事を禁止されていた為に闇に葬られてしまったのではないでしょうか?また、この頃の事前検閲には半年ほど要していましたが、事後検閲に切り替わるタイミングで発行年月に半年ズレが生じた可能性もあり、半年の発禁か?それとも事後検閲への切り替えで発行タイミングがズレたのか?どちらなのか実態が掴めていません。
 翌年7月に『オール小説 妖怪変化特集号』という雑誌が別の出版社から発行されていますが、関連性・内容の類似性などは不明です。

 余談ですが、値段が¥2200の様に見えますが非常に小さな点がありまして実際は22円00銭です。消費者物価指数換算で現代の価格にして約200円相当、30~40ページ程度の薄い冊子ですから現代でも妥当な値段と言えそうです。

---昭和23年(1948)7月 事前検閲の終了---
 GHQによる直接の事前検閲が終了し、以後、自主的な検閲が求められ、事後検閲に切り替わります。プレスコードに違反した場合は発行停止とする事でメディア業界に対する自己検閲を監督しています。
 一般的なカストリ誌であれば、このあたりでネタ切れと検閲の板ばさみで廃刊していたでしょう。ですが半年後に須磨利之を迎えて奇譚クラブは復刊しております。

通刊第009号第02巻第07号昭和23年(1948)10月号『爽秋讀切傑作號』
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全52頁、平綴じ、15円値上げして40円(消費者物価指数換算で現代の約370円相当)。
昭和23年(1948)10月5日検閲所到着
昭和23年(1948)10月10日印刷
昭和23年(1948)10月15日発行
昭和23年(1948)10月30日検閲完了
奥付や表紙などには巻号や通刊番号の記載がありませんが、編集後記に第九號を迎える事が出来た事に対する読者への感謝などが述べられています。しかしながら第7号まで続いた“月刊”の文字は残念ながら削除され、発行する事自体が困難な状況に追い込まれていた事を表していると思います。

 この号から表紙絵を須磨利之が担当しページ数も大幅に増え、全体の雰囲気が一変しています。

--昭和24年(1949)--
通刊第010号第03巻第01号昭和24年(1949)01月号『競艶力作特集號』
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全56頁、平綴じ、40円。
昭和23年(1948)12月30日印刷
昭和24年(1949) 1月 5日発行
目次に三巻一号の記載、奥付に通刊第十號と明記されています。

 最終ページに取引高税(現在の消費税に類する税制、施行一年で廃止)を請求する風俗嬢(パンパン嬢)をネタにした漫画が掲載されており当時の時代を映していますね。

通刊第011号第03巻第02号昭和24年(1949)02月号
 実物は確認していませんが、1月号が3巻1号、7月号が3巻7号、9月号が3巻8号と明記されている事から、3巻2号~3巻6号まで毎月発行を予定していた可能性が高いと思います。但しGHQや当局などから発行停止処分を受けていた可能性も高く、もしそうであれば仮に流通していたとしても定期購読者と直接注文のみの販売となり出回っていた数も非常に少数であろうと思われます。
 別冊は通常、巻号や通刊番号にはカウントされませんが、下記の別冊が通刊11号かつ第3巻2号の位置づけである可能性も否定出来ません。その根拠は次の別冊『第七天國探訪記』の奥付項の記載にあります。

別冊 昭和24年(1949)01月別冊『世界歡楽街めぐり』
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全52頁、平綴じ、40円。
昭和24年(1949)1月15日印刷
昭和24年(1949)1月20日発行
奇譚クラブとしては初の別冊と思われます。
紙面、奥付、表紙など見渡しても通刊番号や巻号等の記載は有りません。

 世界の歓楽街を巡る特集としながらもプレスコードの影響により連合国側(アメリカ・イギリス・フランス・ロシアなど)の主要国・都市は登場しません。但し当時内戦状態にあった上海と、次いでフランスと深い関係にあるモナコが冒頭に登場している事に吉田の執念が感じられます。前年からのGHQの方針転換により共産主義に対する赤狩りが始まっていた為、上海の記事は検閲を逃れたのかもしれません。

 この年は1月号~7月号までの間の半年ぶんの検閲資料が残されていない事に加え、通刊番号や巻号の明記された号が無く、発行・発売の実態が不透明で、かつ、同一内容の別冊を幾度か刷り直すなどしてその場を凌いでいた様で、恐らく2月~7月まで半年近く発行停止処分を受け、定期購読者や直接注文者への郵送販売のみで細々とやっていたものと思われます。

通刊第12号第03巻第03号昭和24年(1949)03月号『珍談奇聞讀物集』
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全54頁、平綴じ、45円。
昭和24年(1949)2月20日印刷
昭和24年(1949)2月25日発行
この号には通刊番号や巻号の記載が有りませんが、発行年月日からの推測で恐らく通刊12号であり第3巻 第3号相当であろうと思われます。

 タイトルロゴの原型と思われる“ブ”の文字の初出ではないかと思います。

 巻頭に赤・青・黒の三色刷り口絵が2ページあり、他のページとは異なる紙が使われています。

通刊第013号第03巻第04号昭和24年(1949)04月号
 実物は確認していませんが、1月号が3巻1号、7月号が3巻7号、9月号が3巻8号と明記されている事から、3巻2号~3巻6号まで毎月発行を予定していた可能性が高いと思います。但しGHQや当局などから発行停止処分を受けていた可能性も高く、もしそうであれば仮に流通していたとしても定期購読者と直接注文のみの販売となり出回っていた数も少数であろうと思われます。
 別冊は通常、巻号や通刊番号にはカウントされませんが、下記の別冊が通刊13号かつ第03巻第04号の扱いである可能性も否定出来ません。その根拠は下記の別冊奥付項に『前号の裏表紙に予告を載せた』と記載されており、かつ、前回の別冊にはその様な広告が無く、上記の『珍談奇聞讀物集』に広告が有り、これを前号と称している為です。

別冊 昭和24年(1949)04月別冊『第七天國探訪記』
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全54頁、平綴じ。
昭和24年(1949)4月 5日印刷
昭和24年(1949)4月10日発行

通刊第014号第03巻第05号昭和24年(1949)05月号『陽春増大號』
 実物は確認していませんが、1月号が3巻1号、7月号が3巻7号、9月号が3巻8号と明記されている事から、3巻2号~3巻6号まで毎月発行を予定していた可能性が高いと思います。但しGHQや当局などから発行停止処分を受けていた可能性も高く、もしそうであれば仮に流通していたとしても定期購読者と直接注文や闇市のみの販売となり出回っていた数も少数であろうと思われます。
 上記の別冊『第七天國探訪記』の裏表紙↓には次号予告として陽春増大號が記載されています。陽春ですから4~6月でしょう。
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 高村暢児の連載小説 『売笑婦は泣かず』 の連載第二回(昭和24年2月25日発行 珍談奇聞讀物集に掲載)では(以下次号)の記載で小説が次号に続く体裁で終わっていますが、上記の別冊『第七天國探訪記』には高村暢児としては都会のゴミ箱というタイトルの小説、昭和24年7月5日発行号でも別の小説を掲載し、かつ、それ以降の号でも別の小説を毎号掲載していますので、昭和24年4月~6月までの3ヶ月の間に連載第三回目以降を少なくとも1度は書いているはずで、それが、この5月号、次の6月号になると推察しますが、7月号の34ページに妙な記載があり『売笑婦は泣かず』の最終話は紛失した為に掲載できないと。。。
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通刊第015号第03巻第06号昭和24年(1949)06月号
同上

通刊第016号第03巻第07号昭和24年(1949)07月号
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全54頁、平綴じ、50円(消費者物価指数換算で現代の価格にして約370円程度)。
昭和24年(1949)7月1日印刷
昭和24年(1949)7月5日発行
奥付に第三巻・第七号の記載あり。
表紙タイトルのロゴが本号と次号のみ先祖帰りしている事やから、印刷・発行日が検閲の影響で前後逆転した可能性が有り得ます。

通刊第017号第03巻第08号昭和24年(1949)09月号
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全56頁、平綴じ、50円。
昭和24年(1949)9月10日印刷
昭和24年(1949)9月15日発行
奥付に第三巻・第八号の記載あり。

奥付頁に[美女狂艶責の圖]分譲と題して伊藤晴雨を凌ぐ新進画家の喜多玲子によるカラー注文画(購入者の希望に沿った姿態)を八枚一組千五百円(消費者物価指数換算で現在の価格にして約一万千円程度)で販売する広告が有ります。伊藤晴雨を引き合いにだしていると言う事は緊縛絵を想定している事が容易に想像出来ると思います。

別冊 昭和24年(1949)10月別冊『歡楽街探訪』
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この号は4月別冊『第七天國探訪記』と内容が同一ですが、下記の変更があります。
 表紙
 表紙タイトル (目次と奥付のタイトルは『第七天國探訪記』のまま)
 目次項の色 : 緑 -> 赤
 値段 : 45円 -> 55円
 奥付項の色 : 茶 -> 赤
 奥付の印刷・発行日 : 四月 -> 十月

通刊第018号第03巻第09号昭和24年(1949)10月号『戦争と情欲特集』
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10月15日発行、表紙に『玲』のサイン。戦争と情欲を特集。 

---昭和24年(1949)10月 事後検閲の終了---
 GHQによる直接の検閲が終了しますが、プレスコードの効力は昭和27年(1952)4月まで有効とされており、メディア業界への自主検閲の本格的な定着(パノプティコン効果)が始まります。
 Gordon W. Prange Collection (University of Maryland)には、ここまでの検閲で検閲官による書き込みなどが記載された新聞や雑誌が保管されており、奇譚クラブも1949年7月(第3巻7号)まで保管されている事を私(龍)自身の手で確認してきました。但し、同年2月~6月つまり第3巻2号~第3巻6号までは抜けていた為、この期間の事後検閲は無作為抽出によって行われていた可能性や発行禁止処分を受けていた可能性などが有ります。

通刊第019号第03巻第10号昭和24年(1949)12月 『好色温泉宿と女 特集』
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全72頁、平綴じ、60円。
昭和24年(1949)12月10日印刷・同日発行。
裏表紙及び奥付など巻号、通刊番号ともに記載が見当たりません。

--昭和25年(1950)--
通刊第020号第04巻第01号昭和25年(1950)01月号『読切小説特大号』
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全104頁、平綴じ、70円。
昭和25年(1950)1月10日印刷・同日発行。
裏表紙及び奥付に4巻1号と明記されていますが、通刊番号は何処にも記載がありません。背表紙に何も記載されていない(もしくは日焼けして消えた?)のですが、もし記載があれば通刊番号が記載されていたのかもしれません。
 表紙の女体の立体的で滑らかな表現が(当時としては)非常に綺麗に仕上がっている印象を受けます。
 森静子「深夜の痴戯」で、奇譚クラブ初(かもしれない)レズビアン小説・挿絵が登場しますが、その他の記事は、ありふれた風俗誌の様な内容といった印象を持ちました。
 巻末(裏表紙の裏)の女体グラビア印刷の首が(恐らく編集時に誤って)切断されている為、妙な違和感が有ります。

通刊第021号第04巻第02号昭和25年(1950)03月号『肉體と記録-特集-』
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同年1月号に肉體と記録特集として以下の内容で予告が掲載されています。が、下記の赤字部分がプレスコードに抵触する為、発禁処分(発禁に成った事実を公言禁止された発禁処分)に成った可能性がありそうです。吉田氏が前年10月の事後検閲終了を検閲そのものの終了だと誤解したのかもしれません。これにより約半年間の発行停止処分となったものと思われます。
 ソ聯引揚血涙記「女俘虜の生態」衣笠カオル
 青空晴子捕物譚「慟哭する金庫」杉山清詩
 或る狂人の告白「私は妻を殺した」宮西利夫
 怪奇記録小説「キルマルド断崖の復讐」愛山久
 私は断種された 黒岩光
 私は米軍のスパイだった 草薙久人
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奇譚クラブ別刊 昭和25年(1950)05月 『興安嶺 敗走関東軍その後の実相』
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全76頁、平綴じ、定価70円、消費者物価指数を使って現在の価格に換算すると約550円程。
昭和25年(1950)5月1日印刷
昭和25年(1950)5月5日発行
巻号及び通刊番号の記載なし
著者:藤原克己
編集・印刷:吉田稔
発行人:藤井喜一郎(近畿図書社長)
発行所:曙書房
発売元:近畿図書(株)
出版形態が当号のみ特殊で近畿図書が発行人と販売元を代行している事から上記の通刊21号で発禁と半年の発行停止処分を受けていた事を裏付けている(その回避策として近畿図書に販売を代行してもらった)と考える事が出来ると思います。
巻頭口絵に2ページ使った緊縛絵、本文中の挿絵に少なくとも3枚の緊縛絵、その他にも裸体がいくつか描かれており、ノンフィクションを装いながらも日系混血娘の集団がスパイや思想犯として中共便衣隊(共産党軍の私服部隊)や憲兵、特高などに捕縛され、緊縛・拷問を受ける様子が描かれています。口絵や挿絵は恐らく須磨利之ではないかと思われます。
表紙をめくった最初のページに映画化決定の記載がありますので、奇譚クラブ初の映画化された(しかも出版時点で既に映画化が決定していた)小説かもしれず、緊縛や拷問シーンが映画の中でどの様に描写されているか興味があります。
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通刊第022号第04巻第0x号昭和25年(1950)07月号『珍談と奇聞特集號』
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全100頁、平綴じ、定価70円、消費者物価指数を使って現在の価格に換算すると約550円程。
昭和25年(1950)6月30日印刷
昭和25年(1950)7月 1日発行
但し奥付には二種類の日付が併記されているのみで、印刷日及び発行日として明記されている訳ではない。
通刊番号らしき記載として奥付に第二十二集と記載されているが、巻号の記載は無い。

通刊第023号第04巻第08号昭和25年(1950)09月号『珍相実話特集』
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全108頁、平綴じ、定価70円、消費者物価指数を使って現在の価格に換算すると約550円程。
昭和25年(1950)8月25日印刷
昭和25年(1950)9月 1日発行
表紙に4巻8号の記載、奥付及び背表紙に第二十三集の記載

通刊第024号第04巻第09号昭和25年(1950)10月号『魅惑と猟奇特集』
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全108頁、平綴じ、定価70円
昭和25年(1950) 9月25日印刷
昭和25年(1950)10月 1日発行
表紙に4巻9号の記載、背表紙に第二十四集の記載

『女学生の私刑(リンチ)肉体を弄ぶ女学生たち』と題して喜多玲子による緊縛と鞭撃ちを行うセーラー服姿の女学生の絵が23ページに掲載されているが半世紀をとうに過ぎた現代でも、この構図が通用する事に感慨深いものがある。

---昭和25年(1950)10月5日、第三種郵便認可取得、毎月1回1日発行---
 第三種郵便認可が下りたその月に休刊している様ですが、翌12月以後は白表紙手前まで毎月発売されている様です。途中に合併号が2度有りますが、その2度とも発売自体はあくまで毎月しているといった趣旨の但し書きが奥付周辺に記載されており、また、その2度ともGHQによる検閲が実施されていた時期でも有る為、休刊はしていないが何らかの事情で微妙に発行時期を調整する必要が有ったものと思われます。
 この後、発禁処分を受けた昭和30年(1955)5月号をもって認可が消滅している様です。

通刊第025号第04巻第11号昭和25年(1950)12月号『古今珍談くらべ』
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全112頁、平綴じ、70円。
昭和25年(1950)11月30日印刷
昭和25年(1950)12月 1日発行
裏表紙に4巻十一号の記載、背表紙に第二十五集の記載
※10月号と12月号の間で、通刊番号と巻号に1号ぶんの差が出来てしまっている。

--昭和26年(1951)--
通刊第026号第05巻第01号昭和26年(1951)01月号『異色愛欲譚』
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全112頁、平綴じ、70円。
昭和25年(1950)12月30日印刷
昭和26年(1951) 1月 1日発行
巻号の記載は無いが、背表紙に第二十六集の記載

通刊第027号第05巻第02号昭和26年(1951)02月号『珍談と艶笑読物集』
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全112頁、平綴じ、70円。
昭和26年(1951)1月30日印刷
昭和26年(1951)2月 1日発行
表紙に5巻2号の記載、背表紙に第二十七集の記載

---昭和26年(1951)1月24日、日本国有鉄道特別扱承認雑誌 第1887号---
 この承認を取得する事で国鉄を使った定期的な大量輸送が安価に成る代わりに、定期化が必須と成り、また、それなりの発行部数が必要でもあります。大阪を夜出発し翌朝には東京に到着する夜行便を使って関西と関東での同時発売が可能と成ります。
 この後、第三種郵便認可と同じく発禁処分を受けた昭和30年(1955)5月号をもって承認が消滅している様です。

通刊第028号第05巻第03号昭和26年(1951)03月号『軟派小説決定版』
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全112頁、平綴じ、定価90円、消費者物価指数換算で現代の価格にして約600円相当。
昭和26年(1951)2月28日印刷
昭和26年(1951)3月 1日発行
表紙及び裏表紙に5巻3号の記載、通刊番号の記載不明

通刊第029号第05巻第04号昭和26年(1951)04月号『妖色讀物決定版』
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全112頁、平綴じ、定価90円、消費者物価指数換算で現代の価格にして約600円相当。
昭和26年(1951)3月30日印刷
昭和26年(1951)4月 1日発行
奥付及び裏表紙に5巻4号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第030号第05巻第05号昭和26年(1951)05月号『われ女群に包囲さる』
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全112頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)4月30日印刷
昭和26年(1951)5月 1日発行
奥付及び裏表紙に5巻5号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第031号第05巻第06号昭和26年(1951)06月号
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全112頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)5月30日印刷
昭和26年(1951)6月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻6号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第032号第05巻第07号昭和26年(1951)07月・08月合併号
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全112頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)6月30日印刷
昭和26年(1951)7月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻7号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第033号第05巻第08号(恐らく上記に合併)
当時の合併号は、刊号及び通刊番号も含め合併している為、この号も上記合併号に合併されているものと思われる。

通刊第034号第05巻第09号昭和26年(1951)09月号
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全112頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)8月30日印刷
昭和26年(1951)9月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻9号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第035号第05巻第10号昭和26年(1951)10月号
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全120頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951) 9月30日印刷
昭和26年(1951)10月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻10号の記載、通刊番号の記載無し

通刊第036号第05巻第11号昭和26年(1951)11月号
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全132頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)10月30日印刷
昭和26年(1951)11月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻11号の記載、通刊番号の記載無し
この目次の絵は私の理想の女体です。乳房は大き過ぎず若干小振りで、ウエストは括れ過ぎずに括れ、腰と太もものボリューム満点。顔も鼻が高過ぎず低過ぎず、眉毛は現代でも通じる細眉で・・・着衣のまま後手に縛って片足を持ち上げ、猿轡をはめて着衣の上から乳首の先端を顔が歪むまで絞り上げ、食事も忘れて一日中ジワジワと執拗に責め続けてみたい、そんな妄想を喚起させてくれます。

通刊第037号第05巻第12号昭和26年(1951)12月号『男色天国繁昌記』
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全132頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)11月30日印刷
昭和26年(1951)12月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に5巻12号の記載、通刊番号の記載無し

--昭和27年(1952)--
通刊第038号第06巻第01号昭和27年(1952)01月号
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全132頁、平綴じ、90円。
昭和26年(1951)12月30日印刷
昭和27年(1952) 1月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に6巻1号の記載、通刊番号の記載無し
 この号が初ではないかと思われますが、巻頭にカラーグラビア写真が掲載され、かつ、その写真は今でこそ珍しくありませんがヘアヌード写真に成っています(但しSMとは無縁と思われる山林を背景とした野外撮影の極普通のヌード写真です)。色収差(もしくは単に印刷時の色ズレ)の為にボヤケていますが、当時としては雑誌にカラーのグラビア写真は目を引いたのではないでしょうか?(先日、戦前~戦中のアサヒグラフを神保町で見かけましたが表紙にカラーグラビア写真を使っていましたので技術的には既にある程度普及していたのだと思います)
 この号に付いて昭和29年10月号(通刊第073号:第08巻第10号)P274に記載が有り「新春湯浴」として三人のモデルが掲載されているとしていますが、実際には、それらしき写真の掲載が有るのみで、その様なタイトルの記載は目次及びグラビアのいづれにも見当たりません>>同じ号を1冊追加購入したところ、そちらには有りましたので切り抜きされていた可能性が有ります。最初の一冊は古書店が再販する際に切れ端を処理したのかもしれません。
 目次は綴じ代が少なくホチキス直近まで記載がありフラットスキャナで解体せずにスキャンした為、像に歪みが出来てしまいました。スキャナが届かない部分をデジカメで撮影し合成している為に継ぎ接ぎだらけの目次画像に成っています。

通刊第039号第06巻第02号昭和27年(1952)02月臨時増刊号『魅惑』
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全122頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)1月30日印刷
昭和27年(1952)2月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に6巻2号の記載、通刊番号の記載無し

創刊6周年記念と表紙に記載されていますが創刊は昭和22年10月ですから5周年の誤植と思われますが、年度でいえば6年目突入・・・なのか。

こちらは須磨が奇譚クラブの前に自分で出版していた同じタイトル『魅惑』という雑誌。同じタイトルにした事に何か想いがありそうですよね。
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 通刊第040号(2月号か?)
通刊40号の実在は未だ確認されていません。前号が臨時増刊、次号が3月号であり、2月号の可能性が高いのですが、刊行されていない可能性もあります。巻号の記載ですと魅惑が2月号ですが、それが何故臨時増刊なのか・・・

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こちらのページは通刊64号204ページの記載ですが、左上にバックナンバーリストがあり臨時増刊はリストから除外されています。しかし2月号は魅惑特集という臨時増刊と同じ趣向のタイトル。謎が深まります。

 通刊第041号第06巻第03号昭和27年(1952)03月号『3月特大号』
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全126頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)2月20日印刷
昭和27年(1952)3月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に6巻3号の記載、通刊番号の記載無し
裏表紙に記載された印刷日が1月20日に成っている為(たんに誤植かもしれないが)何らかの理由(GHQ検閲により改訂命令が出て2月に間に合わなかった等)で2月号として印刷した物を3月号として出版した可能性もある。

通刊第042号第06巻第04号昭和27年(1952)04月号『4月躍進号』
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全120頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)3月30日印刷
昭和27年(1952)4月 1日発行
奥付及び表紙・裏表紙に6巻4号の記載、通刊番号の記載無し
美輪明宏のデビューに合わせたのか、或いは宝塚歌劇のヒットに合わせたのか、中性的で男性とも女性とも判別の付かないバイセクシャルな表紙が新しい時代を予感させている気がします。
冒頭には奇譚クラブの地元、大阪の天王寺・新世界ジャンジャン横丁(現存)の当時の風景写真で8ページ全て埋め尽くされ切り貼りのヌード写真を合成して掲載、地図ページから始まり当時の天王寺の様子に付いて17ページを割いて語られています。例:「すたれたZボール」昨年の春、この通りでゼットボールにビンゴ、ロケットボール等が全盛をきわめていた頃、一軒も無かつたパチンコが今では八軒にも増えて、すっかりZボールのお株を奪つてしまつた。
SM関連の話題は未だ少なく、貞操帯『すみれ夫人肉体図絵』絵:須磨としゆき、緊縛・鞭打ち『巫女屋敷の責絵巻』絵:喜多玲子、裏表紙裏に大蛸に雁字搦めに成って小刀で抵抗している女性の絵、など。
主流は依然として戦争と性風俗を絡めた自虐ネタと成っています。

この4月1日(つまりエイプリールフール)に通刊第6号で摘発を受けた[わいせつ物頒布罪]に付いての係争が最高裁への上告棄却により有罪確定、五千円の罰金刑。
当時の五千円は消費者物価指数換算で現代の価格にして約3万3千円。

--A5版--
B5版からA5版へと移行した理由として非常に重要な位置を占める要素としてサンフランシスコ条約の発効により日本が主権を回復した事にして、GHQによる検閲とプロパガンダが終了した事が挙げられます。
プレスコードの終了郵便物に対する検閲を終了させる法律が施行され、以後、実働部隊による検閲は終了していますが、メディア業界全体に習慣としてプレスコードが根付いており、自主的な検閲が継続している事が新聞や出版物から伺えます。但し「奇譚クラブ」はこれを境に大きく変貌を遂げ、後にSM専門誌と云われる物へと変わって行きます。

通刊第043号第06巻第05号昭和27年(1952)05月・06月合併号『戦爭と性慾特輯号』
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全180頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)5月30日印刷
昭和27年(1952)6月 1日発行
表紙・裏表紙に六巻六号の記載、しかし奥付には六巻五号、通刊番号の記載無し

最初のA5版。以後の表紙はフランスの La Vie Parisienne 誌の物を流用し、雰囲気が大きく替わっている。
この号からSM専門誌と思われがちですが、副題の『戦爭と性慾特輯号』が示す通り、実態としてはB5版の頃から続いてきた戦争と性風俗を絡めた形でGHQによって推進されていた自虐的な話題で埋め尽くされたプロパガンダ的な要素を残した号で、その中にスパイスとしてSMがちりばめられています。
定価90円、消費者物価指数換算で現代の価格にして約600円。

通刊第044号第06巻第06号
この号は恐らく上記に合併したものと思われます。
巻号の記載は下記の通りです。
奥付記載:第六巻 第五号 新録五・六月合併号
表紙記載:第六巻 第六号 6月号

通刊第045号第06巻第07号昭和27年(1952)07月号『女天下時代特集号』
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全206頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)6月30日印刷
昭和27年(1952)7月 1日発行
表紙・裏表紙・奥付・扉に六巻七号の記載、扉(P15)に通刊第四十五号の記載、以下の号は巻号及び通刊番号を正確に把握出来ています。

女天下時代特集号として、サディスト女性や、マゾ男性を扱い特集を組みSM専門誌的なものが表面化してきている。

通刊第046号第06巻第08号昭和27年(1952)08月号『女体相撲艶色史』
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全214頁、平綴じ、90円。
昭和27年(1952)7月20日印刷
昭和27年(1952)8月 1日発行
表紙・奥付・扉に六巻八号の記載、扉(P15)に通刊第四十六号の記載、以下記載省略

通刊第047号第06巻第09号昭和27年(1952)09月号『倒錯の告白』
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通刊第048号第06巻第10号昭和27年(1952)10月号『切支丹迫害史』
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通刊第049号第06巻第11号昭和27年(1952)11月号『宗教刑罰戦慄画譜』
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通刊第050号第06巻第12号昭和27年(1952)12月号『惑溺の愉悦特集号』
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--昭和28年(1953)--
通刊第051号第07巻第01号昭和28年(1953)01月号摘発[わいせつ物頒布]
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定価が10円上がって100円に成るも、消費者物価指数換算で現代の価格にして約600円相当であり物価上昇に併せた値上げ。
この号も、わいせつ物頒布罪で摘発を受けています。
摘発理由は『戦争処女の手記』『人妻告白記・妻の復讐』『らぶ・すれいぶ』などの掲載内容が問題とされた為。

通刊第052号第07巻第02号昭和28年(1953)02月号
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通刊第053号第07巻第03号昭和28年(1953)03月号
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通刊第054号第07巻第04号昭和28年(1953)04月号
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沼正三の初投稿『神の酒(ネクタール)を手に入れる方法』=汲取式の便所に簡単な仕掛けをして女性の尿を(相手に悟られない様に)入手する方法を詳しく説明しつつ自身で実践した際の体験談も語っている。

通刊第055号第07巻第05号昭和28年(1953)05月号
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通刊第056号第07巻第06号昭和28年(1953)06月号
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通刊第057号第07巻第07号昭和28年(1953)07月号
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通刊第058号第07巻第08号昭和28年(1953)08月号
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通刊第059号第07巻第09号昭和28年(1953)09月号
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通刊第060号第07巻第10号昭和28年(1953)10月号
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通刊第061号第07巻第11号昭和28年(1953)11月号
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通刊第062号第07巻第12号昭和28年(1953)12月号
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通刊第063号第07巻第13号昭和28年(1953)12月臨時増刊号『アリスの人生学校』
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--昭和29年(1954)--
通刊第064号第08巻第01号昭和29年(1954)01月号
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沼正三に影響を与えた“ダイアナ夫人”の初掲載号。

通刊第065号第08巻第02号昭和29年(1954)02月号
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通刊第066号第08巻第03号昭和29年(1954)03月号発禁[発売頒布禁止処分]
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この号は発売4日目に発禁処分(発売頒布禁止処分)を受けた為、流通量が少ないと思われる。

通刊第067号第08巻第04号昭和29年(1954)04月号
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通刊第068号第08巻第05号昭和29年(1954)05月号
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通刊第069号第08巻第06号昭和29年(1954)06月号
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通刊第070号第08巻第07号昭和29年(1954)07月号
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通刊第071号第08巻第08号昭和29年(1954)08月号
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通刊第072号第08巻第09号昭和29年(1954)09月号
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通刊第073号第08巻第10号昭和29年(1954)10月号『特大号』
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特大号として頁数を増大(前号226頁から82頁増やし308頁)、40円値上げして定価140円、値上げ幅と増加頁数がほぼ比例している。
消費者物価指数換算で現代の価格にして約800円(前号は約600円)。

通刊第074号第08巻第11号昭和29年(1954)11月号『特大号』
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通刊第075号第08巻第12号昭和29年(1954)12月号『特大号』
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--昭和30年(1955)--
通刊第076号第09巻第01号昭和30年(1955)01月号『特大号』
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通刊第077号第09巻第02号昭和30年(1955)02月号『特大号』
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通刊第078号第09巻第03号昭和30年(1955)03月号『特大号』
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通刊第079号第09巻第04号昭和30年(1955)04月号『特大号』(初IBMナンバー2805印字)
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この号で初めてIBMナンバーが刻印され、以後、昭和58年(1983)の復刊号まで同じ番号が使われています。

通刊第080号第09巻第05号昭和30年(1955)05月号『特大号』
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発禁処分(発行禁止処分)を受けて休刊。通常、発行禁止処分を受けた場合には以後、その雑誌を発行出来なくなる為、その雑誌は廃刊に追い込まれる。

通刊第081号第09巻第06号昭和30年(1955)10月号『復刊第一号』曙書房->天星社 白表紙
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発禁処分(発行禁止処分)を受けてから僅か五ヶ月で会社を替えて(奇譚クラブを出版する為に新たに会社を興して)復刊した最初の号であり、最初の白表紙(厳密には創刊号も白表紙だが・・・)。
定価200円。消費者物価指数換算で現代の価格にして約1,200円。

通刊第082号第09巻第07号昭和30年(1955)11月号復刊第02号
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復刊2号目にして再度休刊(四ヶ月休刊)

--昭和31年(1956)--
通刊第083号第10巻第01号昭和31年(1956)04月号復刊第03号 新連載『赤い花は泣いている』
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四ヶ月の休刊を経て再び復刊。しかし復刊第3号として(扉頁に)印刷されています。
この号からを白表紙時代と呼ぶ事が有る様です。
雑誌コードの前身に当たるIBMコードが復活したのはこの号からで、従って書店での注文販売が復活したのも、この号からという事に成るかと思います。

通刊第084号第10巻第02号昭和31年(1956)05月号復刊第04号『傑作小説特集号』
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---昭和31年(1956)4月20日、第三種郵便物認可取得、毎月1回1日発行---
恐らく5月号には間に合わなかったと思われますが、復刊から僅かな期間で第三種郵便物の認可を再取得しており6月号の裏表紙には印刷ではなく印刷後の押印によって認可取得日が追記されています。但し国鉄の特別扱承認は再取得しておらず、4年後の昭和35年6月に大阪局での再取得となります。

通刊第085号第10巻第03号昭和31年(1956)06月号復刊第05号『奈子の自己愛について』『大衆文学に現れた責めの描写』
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通刊第086号第10巻第04号昭和31年(1956)07月号復刊第06号『被縛症』『漬滅の前夜』
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通刊第087号第10巻第05号昭和31年(1956)08月号復刊第07号『光りある中を』『私の蒐集帖-緋草紙より』
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通刊第088号第10巻第06号昭和31年(1956)09月号復刊第08号『恋の脱殼』『寄生虫』
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通刊第089号第10巻第07号昭和31年(1956)10月号復刊第09号『黒女皇』『サディズムシーン詳察』
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通刊第090号第10巻第08号昭和31年(1956)12月号復刊第10号『沈黙の館』『黄色オラミ誕生』
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家畜人ヤプー』の連載開始

--昭和32年(1957)--
通刊第091号第11巻第01号昭和32年(1957)01月号復刊第11号『家畜人ヤプー』『魔海の業火』
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通刊第092号第11巻第02号昭和32年(1957)02月号復刊第12号『私は街の道化者』『白衣の傍観者』
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通刊第093号第11巻第03号昭和32年(1957)03月号復刊第13号『続・漬滅の前夜』『花と朔風』
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通刊第094号第11巻第04号昭和32年(1957)04月号復刊第14号『木馬責に関するノート』『続・切腹曼荼羅図絵』
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通刊第095号第11巻第05号昭和32年(1957)06月号復刊第15号『我が異常性の記』『L・T商会』
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通刊第096号第11巻第06号昭和32年(1957)07月号復刊第16号『マットに生きる夢』『黒いペチコート』
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通刊第097号第11巻第07号昭和32年(1957)08月号復刊第17号『恋する婦人への手紙』『続・漬滅の前夜』
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通刊第098号第11巻第08号昭和32年(1957)09月号復刊第18号『痛められし桃の実』『病床徒然草』
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通刊第099号第11巻第09号昭和32年(1957)10月号復刊第19号『終戦奴隷』『美容病院』
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通刊第100号第11巻第10号昭和32年(1957)11月号復刊第20号『ダイアナ夫人』『残虐芸術展覧会』
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通刊第101号第11巻第11号昭和32年(1957)12月号復刊第21号『カラーシヤの教典』『真実は誰も知らない』
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--昭和33年(1958)--
通刊第102号第12巻第01号昭和33年(1958)01月号復刊第22号『女賊変化』『映画女優緊縛に関する一考察』
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通刊第103号第12巻第02号昭和33年(1958)01月臨時増刊号復刊第23号『責小説特集』
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通刊第104号第12巻第03号昭和33年(1958)02月号復刊第24号
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通刊第105号第12巻第04号昭和33年(1958)03月号復刊第25号『魔教圏No.8』『シナリオとその周囲』
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通刊第106号第12巻第05号昭和33年(1958)04月号復刊第26号『捕われの令嬢』『十三人目の奴隷』
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通刊第107号第12巻第06号昭和33年(1958)05月号復刊第27号『赤いペチコート』『障碍への道』
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通刊第108号第12巻第07号昭和33年(1958)06月号復刊第28号『バー「ナナ」の人々』『結婚の条件』
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通刊第109号第12巻第08号昭和33年(1958)07月号復刊第29号『特異な角度から』『お町の最後』
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通刊第110号第12巻第09号昭和33年(1958)07月臨時増刊号復刊第30号『SADO特集号・第一集』
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通刊第111号第12巻第10号昭和33年(1958)08月号復刊第31号『身悶える妖精』『バー「ナナ」の人々』
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通刊第112号第12巻第11号昭和33年(1958)09月号復刊第32号『お座敷シネプロ始末記』『草雙紙に於ける責場の研究』
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通刊第113号第12巻第12号昭和33年(1958)10月号復刊第33号『女水兵哀史』『翳り』
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通刊第114号第12巻第13号昭和33年(1958)11月号復刊第34号『涙は宇宙空間に輝く』緊縛映画スナップ『残菊の巻』
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通刊第115号第12巻第14号昭和33年(1958)11月臨時増刊号復刊第35号『青い廃院』
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通刊第116号第12巻第15号昭和33年(1958)12月号復刊第36号『継母』『白い玩具』
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--昭和34年(1959)--
通刊第117号第13巻第01号昭和34年(1959)01月号復刊第37号『花臀』『美女処刑之賦』
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通刊第118号第13巻第02号昭和34年(1959)01月臨時増刊号復刊第38号『悦特No.1』
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通刊第119号第13巻第03号昭和34年(1959)02月号復刊第39号『愛憎磔裸女』『十七娘火焙哀話』
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限定版 第1弾 昭和34年(1959)2月『緊縛フォトアラベスク』略号「あらべすく」
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通刊第120号第13巻第04号昭和34年(1959)03月号復刊第40号『乳房に火をつけるな』『家畜人ヤプー』
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通刊第121号第13巻第05号昭和34年(1959)04月号復刊第41号『ラモス邸の夜会』『悪徳教師考』
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通刊第122号第13巻第06号昭和34年(1959)04月臨時増刊号復刊第42号『SADO特集号・第二集』
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通刊第123号第13巻第07号昭和34年(1959)05月号復刊第43号『王宮の浣腸室』『自分をハダカにする』
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通刊第124号第13巻第08号昭和34年(1959)06月号復刊第44号『女体緊縛美について』『黄昏の牧神』
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通刊第125号第13巻第09号昭和34年(1959)06月臨時増刊号復刊第45号『悦特No.2』
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通刊第126号第13巻第10号昭和34年(1959)07月号復刊第46号『謎の緊縛フォト』『満月の島』
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通刊第127号第13巻第11号昭和34年(1959)08月号復刊第47号『続・運命の少女』『馬化白書』
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限定版 第2弾 昭和34年(1959)8月『緊縛写真と緊縛画集』 略号「緊縛」
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通刊第128号第13巻第12号昭和34年(1959)09月号復刊第48号『狙われた女給の手記』『Hと自称する女』
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通刊第129号第13巻第13号昭和34年(1959)10月号復刊第49号『或る倒錯生活』『バスガールの運命』
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通刊第130号第13巻第14号昭和34年(1959)11月号復刊第50号『影の国』『女はそれでも我慢が出来る』
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通刊第131号第13巻第15号昭和34年(1959)11月臨時増刊号復刊第51号『SADO特集号・第三集』
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通刊第132号第13巻第16号昭和34年(1959)12月号復刊第52号『黒井チエの青春』『黄色オラミ誕生』
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--昭和35年(1960)--
通刊第133号第14巻第01号昭和35年(1960)01月号復刊第53号『緊縛モデル撮影風景と女体責の種々相について』
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通刊第134号第14巻第02号昭和35年(1960)01月臨時増刊号復刊第54号『悦特No.3』
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通刊第135号第14巻第03号昭和35年(1960)02月号復刊第55号『雌雄』『猿轡放談』
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通刊第136号第14巻第04号昭和35年(1960)03月号復刊第56号『私は死にたくない』『阿修羅姫君』
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通刊第137号第14巻第05号昭和35年(1960)03月臨時増刊号復刊第57号『SADO特集号・第四集』
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通刊第138号第14巻第06号昭和35年(1960)04月号復刊第58号『蠢く蒼い群れ』『ハイド侯爵夫人』
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通刊第139号第14巻第07号昭和35年(1960)04月臨時増刊号復刊第59号『悦特No.4』
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通刊第140号第14巻第08号昭和35年(1960)05月号復刊第60号『悪夢の記憶』(最後の白表紙)
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通刊第141号第14巻第09号昭和35年(1960)06月号復刊第61号『新録躍進哀憫美形特集号』カラー表紙
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通刊第142号第14巻第10号昭和35年(1960)06月臨時増刊号復刊第62号『悦特No.5』
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通刊第143号第14巻第11号昭和35年(1960)07月号復刊第63号『麦秋増大号』
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限定版 第3弾 昭和35年(1960)7月『緊縛写真グラフ集』  略号「グラフ」
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通刊第144号第14巻第12号昭和35年(1960)08月号復刊第64号『清夏増大号』
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---昭和35年(1960)6月17日、国鉄大局特別扱承認雑誌 第122号---
書店での本格的な販売が再開されカラー表紙に成った頃に申請されたものと思われ、8月号の印刷には間に合わなかった様ですが、9月号の裏表紙に印刷されています。曙書房時代とは承認局と承認番号が異なる様です。
その後、出版社が暁出版に代わる昭和42年(1967)まで継続しています。

通刊第145号第14巻第13号昭和35年(1960)09月号復刊第65号『早秋特大号』
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この号で復刊番号のナンバリングは一旦終了。以後、昭和57年(1982)の復刊まで復刊番号が振られる事は無い。

通刊第146号第14巻第14号昭和35年(1960)10月号『新装十月特大号』
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新装、写真頁を増大、にここまで続いてきたLa Vie Parisienne 誌の表紙絵流用に代えて四馬孝画を使った表紙(第1表紙~第4表紙の全て四馬孝画)が登場し始める。

別冊 第1巻第1号昭和35年(1960)10月『別冊奇譚クラブ 秋冷新星号 「告白、手記、体験」特集』
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通刊第147号第14巻第15号昭和35年(1960)11月号『新装十一月特大号』
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別冊 第1巻第2号昭和35年(1960)11月『別冊奇譚クラブ 十一月特選号 特異小説「淫火」「狐灯」』
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通刊第148号第14巻第16号昭和35年(1960)12月号『恍悦女体ハイライト』『吊責遊び方教室』
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別冊 第1巻第3号昭和35年(1960)12月『別冊奇譚クラブ 「マゾヒズム特集号」』
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--昭和36年(1961)--
通刊第149号第15巻第01号昭和36年(1961)01月号『新年増大号』
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限定版 第4弾 昭和36年(1961)1月『別冊奇譚クラブ特別号』略号「別特」
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別冊 第2巻第1号昭和36年(1961)01月『別冊奇譚クラブ特別号』(限定版特別号)
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通刊第150号第15巻第02号昭和36年(1961)02月号『新装二月増大号』
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この号を最後に四馬孝画が表紙から消えるが、同時にIBMナンバーの刻印も消えている事から流通大手との取引停止等の何らかの転機と成っている可能性が有る。この後、昭和45年(1970)12月臨時増刊号で雑誌コードとして復活するまで10年間ものあいだIBMナンバー/雑誌コードが刻印される事は無い。

通刊第151号第15巻第03号昭和36年(1961)03月号『新装三月増大号』
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通刊第152号第15巻第04号昭和36年(1961)04月号『新装四月増大号』
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通刊第153号第15巻第05号昭和36年(1961)05月号『新装五月特大号』
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通刊第154号第15巻第06号昭和36年(1961)06月号『新装六月特大号』
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通刊第155号第15巻第07号昭和36年(1961)07月号『新装七月特大号』
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通刊第156号第15巻第08号昭和36年(1961)08月号『新装八月特大号』
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通刊第157号第15巻第09号昭和36年(1961)09月号『新装九月特大号』
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通刊第158号第15巻第10号昭和36年(1961)10月号『新装一周年記念特大号』
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通刊第159号第15巻第11号昭和36年(1961)11月号『新装十一月特大号』
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通刊第160号第15巻第12号昭和36年(1961)12月号『新装十二月特大号』
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--昭和37年(1962)--
通刊第161号第16巻第01号昭和37年(1962)01月号『カバーガールを縛る』
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通刊第162号第16巻第02号昭和37年(1962)02月号『契約書』
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通刊第163号第16巻第03号昭和37年(1962)03月号『暗黒の麗人』
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通刊第164号第16巻第04号昭和37年(1962)04月号『マミと忍』
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通刊第165号第16巻第05号昭和37年(1962)05月号『宇宙のどこかで』『奇譚三十九夜物語』
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通刊第166号第16巻第06号昭和37年(1962)06月号『裸形の賂』『鉄の指』
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通刊第167号第16巻第07号昭和37年(1962)07月号
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通刊第168号第16巻第08号昭和37年(1962)08月・09月合併号『ハラキリ抄』
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団鬼六(当時は花巻京太郎のペンネーム)『花と蛇』の連載開始

通刊第169号第16巻第09号昭和37年(1962)10月号
通刊第170号第16巻第10号昭和37年(1962)11月号『世界に於ける刑罰の種々相』
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通刊第171号第16巻第11号昭和37年(1962)12月号『新鋭・十二月号』
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--昭和38年(1963)--
通刊第172号第17巻第01号昭和38年(1963)01月号『江戸時代の刑罰の処刑』『御仕置おぼえ書』
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通刊第173号第17巻第02号昭和38年(1963)02月号
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通刊第174号第17巻第03号昭和38年(1963)03月号
通刊第175号第17巻第04号昭和38年(1963)04月号
通刊第176号第17巻第05号昭和38年(1963)05月号
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通刊第177号第17巻第06号昭和38年(1963)06月号
通刊第178号第17巻第07号昭和38年(1963)07月号
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通刊第179号第17巻第08号昭和38年(1963)08月号
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通刊第180号第17巻第09号昭和38年(1963)09月号
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通刊第181号第17巻第10号昭和38年(1963)10月号
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通刊第182号第17巻第11号昭和38年(1963)11月号『〔告白・手記・体験〕特集号』
通刊第183号第17巻第12号昭和38年(1963)11月臨時増刊号『写真と絵画〔文献〕特集』
通刊第184号第17巻第13号昭和38年(1963)12月号
--昭和39年(1964)--
通刊第185号第18巻第01号昭和39年(1964)01月号
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通刊第186号第18巻第02号昭和39年(1964)02月号
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通刊第187号第18巻第03号昭和39年(1964)03月号『内容刷新〔記念〕特別号』
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通刊第188号第18巻第04号昭和39年(1964)04月号『内容刷新〔記念〕特別号』
通刊第189号第18巻第05号昭和39年(1964)05月号『内容刷新〔記念〕特別号』『花と蛇』
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通刊第190号第18巻第06号昭和39年(1964)06月号『KKグラビヤ悦虎フオト回顧
通刊第191号第18巻第07号昭和39年(1964)06月臨時増刊号『花と蛇〔絵画、写真、小説〕特集号』
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通刊第192号第18巻第08号昭和39年(1964)07月号
通刊第193号第18巻第09号昭和39年(1964)08月号
通刊第194号第18巻第10号昭和39年(1964)09月号『懸賞〔告白、手記、体験〕入選作品発表
通刊第195号第18巻第11号昭和39年(1964)10月号
通刊第196号第18巻第12号昭和39年(1964)11月号
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通刊第197号第18巻第13号昭和39年(1964)12月号
--昭和40年(1965)--
通刊第198号第19巻第01号昭和40年(1965)01月号『今日と明日の報酬』『美女決斗吉田御殿』
通刊第199号第19巻第02号昭和40年(1965)02月号
通刊第200号第19巻第03号昭和40年(1965)03月号
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通刊第201号第19巻第04号昭和40年(1965)04月号
通刊第202号第19巻第05号昭和40年(1965)05月号
通刊第203号第19巻第06号昭和40年(1965)06月号
通刊第204号第19巻第07号昭和40年(1965)07月号
通刊第205号第19巻第08号昭和40年(1965)08月号
通刊第206号第19巻第09号昭和40年(1965)09月号
通刊第207号第19巻第10号昭和40年(1965)10月号
通刊第208号第19巻第11号昭和40年(1965)11月号
通刊第209号第19巻第12号昭和40年(1965)12月号
--昭和41年(1966)--
通刊第210号第20巻第01号昭和41年(1966)01月号
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通刊第211号第20巻第02号昭和41年(1966)02月号
通刊第212号第20巻第03号昭和41年(1966)03月号
通刊第213号第20巻第04号昭和41年(1966)04月号
通刊第214号第20巻第05号昭和41年(1966)05月号
通刊第215号第20巻第06号昭和41年(1966)06月号
通刊第216号第20巻第07号昭和41年(1966)07月号
通刊第217号第20巻第08号昭和41年(1966)08月号
通刊第218号第20巻第09号昭和41年(1966)09月号
通刊第219号第20巻第10号昭和41年(1966)10月号
通刊第220号第20巻第11号昭和41年(1966)11月号
通刊第221号第20巻第12号昭和41年(1966)12月号
通刊第222号第20巻第13号昭和41年(1966)12月臨時増刊号『花と蛇〔小説・絵画〕特集号』
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--昭和42年(1967)--
通刊第223号第21巻第01号昭和42年(1967)01月号
通刊第224号第21巻第02号昭和42年(1967)02月号
通刊第225号第21巻第03号昭和42年(1967)03月号
通刊第226号第21巻第04号昭和42年(1967)04月号
通刊第227号第21巻第05号昭和42年(1967)05月号
通刊第228号第21巻第06号昭和42年(1967)06月号 出版社 天星社 -> 暁出版(株)
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---昭和42年(1967)4月21日、国鉄大局特別扱承認雑誌 第210号---
出版社の変更に伴い再取得して承認番号が122号から210号に代わりましたが、第三種郵便の認可及び雑誌コード(IBMナンバー)に付いては、そのまま継続した様です。(但し、雑誌コード/IBMナンバーは印刷されていない期間があります)

通刊第229号第21巻第07号昭和42年(1967)07月号
通刊第230号第21巻第08号昭和42年(1967)08月号
通刊第231号第21巻第09号昭和42年(1967)09月号
通刊第232号第21巻第10号昭和42年(1967)10月号
通刊第233号第21巻第11号昭和42年(1967)11月号
通刊第234号第21巻第12号昭和42年(1967)12月号
--昭和43年(1968)--
通刊第235号第22巻第01号昭和43年(1968)01月号
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通刊第236号第22巻第02号昭和43年(1968)01月臨時増刊号『「花と蛇」特集号』
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通刊第237号第22巻第03号昭和43年(1968)02月号
通刊第238号第22巻第04号昭和43年(1968)03月号
通刊第239号第22巻第05号昭和43年(1968)04月号
通刊第240号第22巻第06号昭和43年(1968)05月号
通刊第241号第22巻第07号昭和43年(1968)06月号
通刊第242号第22巻第08号昭和43年(1968)07月号
通刊第243号第22巻第09号昭和43年(1968)08月号
通刊第244号第22巻第10号昭和43年(1968)09月号
通刊第245号第22巻第11号昭和43年(1968)10月号
通刊第246号第22巻第12号昭和43年(1968)11月号
通刊第247号第22巻第13号昭和43年(1968)12月号
--昭和44年(1969)--
通刊第248号第23巻第01号昭和44年(1969)01月号
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通刊第249号第23巻第02号昭和44年(1969)02月号
通刊第250号第23巻第03号昭和44年(1969)03月号
通刊第251号第23巻第04号昭和44年(1969)04月号
通刊第252号第23巻第05号昭和44年(1969)05月号
通刊第253号第23巻第06号昭和44年(1969)05月臨時増刊号『「花と蛇」特集号』
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通刊第254号第23巻第07号昭和44年(1969)06月号
通刊第255号第23巻第08号昭和44年(1969)07月号
通刊第256号第23巻第09号昭和44年(1969)08月号
通刊第257号第23巻第10号昭和44年(1969)09月号
通刊第258号第23巻第11号昭和44年(1969)10月号
通刊第259号第23巻第12号昭和44年(1969)11月号
通刊第260号第23巻第13号昭和44年(1969)12月号
--昭和45年(1970)--
通刊第261号第24巻第01号昭和45年(1970)01月号
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通刊第262号第24巻第02号昭和45年(1970)02月号
通刊第263号第24巻第03号昭和45年(1970)03月号
通刊第264号第24巻第04号昭和45年(1970)04月号
通刊第265号第24巻第05号昭和45年(1970)05月号
通刊第266号第24巻第06号昭和45年(1970)06月号
通刊第267号第24巻第07号昭和45年(1970)07月号
通刊第268号第24巻第08号昭和45年(1970)08月号
通刊第269号第24巻第09号昭和45年(1970)08月臨時増刊号『「花と蛇」決定版』832ページ(36mm)
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通刊第270号第24巻第10号昭和45年(1970)09月号
通刊第271号第24巻第11号昭和45年(1970)10月号
通刊第272号第24巻第11号昭和45年(1970)11月号
通刊第273号第24巻第12号昭和45年(1970)12月号
通刊第274号第24巻第13号昭和45年(1970)12月臨時増刊号『女体緊縛写真集』
約10年間、刻印が停止されていた雑誌コードが復活しています。但し、恐らく誤植と思われますが1番違い(2806)に成っていて、翌1月号以降は正しい雑誌コード(2805)が刻印されています。

--昭和46年(1971)--
通刊第275号第25巻第01号昭和46年(1971)01月号
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通刊第276号第25巻第02号昭和46年(1971)02月号
通刊第277号第25巻第03号昭和46年(1971)03月号
通刊第278号第25巻第04号昭和46年(1971)04月号
通刊第279号第25巻第05号昭和46年(1971)05月号
通刊第280号第25巻第06号昭和46年(1971)06月号
通刊第281号第25巻第07号昭和46年(1971)07月号
通刊第282号第25巻第08号昭和46年(1971)08月号
通刊第283号第25巻第09号昭和46年(1971)09月号
通刊第284号第25巻第10号昭和46年(1971)10月号
通刊第285号第25巻第11号昭和46年(1971)11月号
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花と蛇』連載終了

通刊第286号第25巻第12号昭和46年(1971)12月号
--昭和47年(1972)--
通刊第287号第26巻第01号昭和47年(1972)01月号
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通刊第288号第26巻第02号昭和47年(1972)02月号
通刊第289号第26巻第03号昭和47年(1972)03月号
通刊第290号第26巻第04号昭和47年(1972)04月号
通刊第291号第26巻第05号昭和47年(1972)05月号
通刊第292号第26巻第06号昭和47年(1972)06月号
通刊第293号第26巻第07号昭和47年(1972)07月号
通刊第294号第26巻第08号昭和47年(1972)08月号
通刊第295号第26巻第09号昭和47年(1972)09月号
通刊第296号第26巻第10号昭和47年(1972)10月号
通刊第297号第26巻第11号昭和47年(1972)11月号
通刊第298号第26巻第12号昭和47年(1972)12月号
--昭和48年(1973)--
通刊第299号第27巻第01号昭和48年(1973)01月号
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通刊第300号第27巻第02号昭和48年(1973)02月号
通刊第301号第27巻第03号昭和48年(1973)03月号
通刊第302号第27巻第04号昭和48年(1973)04月号
通刊第303号第27巻第05号昭和48年(1973)05月号
通刊第304号第27巻第06号昭和48年(1973)06月号
通刊第305号第27巻第07号昭和48年(1973)07月号
通刊第306号第27巻第08号昭和48年(1973)08月号
通刊第307号第27巻第09号昭和48年(1973)09月号
通刊第308号第27巻第10号昭和48年(1973)10月号
通刊第309号第27巻第11号昭和48年(1973)11月号
通刊第310号第27巻第12号昭和48年(1973)12月号
--昭和49年(1974)--
通刊第311号第28巻第01号昭和49年(1974)01月号
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通刊第312号第28巻第02号昭和49年(1974)02月号
通刊第313号第28巻第03号昭和49年(1974)03月号
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カラー緊縛グラビア写真が登場、これ以降は毎号カラー写真が掲載される様に成ります。初のカラー写真は通刊第38号 昭和27年(1952)01月号で遡る22年前に既に登場していますが、当時は未だ緊縛写真が少なく、緊縛かつカラーは、この号が初です。
カラー写真が常態となって、ちょうど1年後に休刊しますので吉田氏の体調が原因と言われていますが、カラーは市場調査の意味(つまり「花と蛇」連載終了後に落ちた売れ行きをカラー写真を導入して市場の反応を見て、それで駄目なら休廃刊を検討)も有ったのかもしれません。

通刊第314号第28巻第04号昭和49年(1974)04月号
通刊第315号第28巻第05号昭和49年(1974)05月号
通刊第316号第28巻第06号昭和49年(1974)06月号
通刊第317号第28巻第07号昭和49年(1974)07月号
通刊第318号第28巻第08号昭和49年(1974)08月号
通刊第319号第28巻第09号昭和49年(1974)09月号
通刊第320号第28巻第10号昭和49年(1974)10月号
通刊第321号第28巻第11号昭和49年(1974)11月号
通刊第322号第28巻第12号昭和49年(1974)12月号
--昭和50年(1975)--
通刊第323号第29巻第01号昭和50年(1975)01月号
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通刊第324号第29巻第02号昭和50年(1975)02月号
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通刊第325号第29巻第03号昭和50年(1975)03月号(休刊)
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この号で一旦休刊しますが、奥付には投稿募集や今後のプラン等に付いて掲載されており休刊を予告するものはありません。

--昭和57年(1982)--
復刊記念号_第1巻第01号昭和57年(1982)03月号(復刊) 暁出版(株)->(株)きたん社
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吉田稔から奇譚クラブの商標権を受け継いだ賀山茂の尽力によって七年越しの復刊となりました。表紙にはFranz von Bayros の絵が採用されています。
※表紙は復刊記念号としていますが、目次のタイトルは創刊号となっています。雑誌コード02805を吉田稔の時代から引き継いでいますので確かに復刊では有りますが、目次タイトルや内容からは新たに創刊した様な雰囲気もあります。

復刊第002号第1巻第02号昭和57年(1982)04月号『思い出の奇ク嬢たち』他
復刊第003号第1巻第03号昭和57年(1982)05月号『獣愛奇譚・犬と私と夫』他
復刊第004号第1巻第04号昭和57年(1982)06月号『カラーイラスト競艶』
復刊第005号第1巻第05号昭和57年(1982)07月号『淫縄狐火街道(2)美濃村晃』他
復刊第006号第1巻第06号昭和57年(1982)08月号『蜘蛛と蝶々』『旧号読者投稿作品特集』
復刊第007号第1巻第07号昭和57年(1982)09月号『懐かしの奇ク嬢たち』
復刊第008号第1巻第08号昭和57年(1982)10月号『生人形地獄』
復刊第009号第1巻第09号昭和57年(1982)11月号『湯の町情話・密通・村役場の珍事』『珍奇艶笑コレクション研究』
復刊第010号第1巻第10号昭和57年(1982)12月号『愚豪いさめ草・魔泉の宿・妻に群がる男たち』『妻の情事』『妻の恥態・花電車妻・他』
復刊第011号第1巻第11号昭和58年(1983)01月・02月合併号『狂へる人々・女郎蜘蛛』(この号以降は未確認)
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--平成版-- 雑誌コード05322-xx(ここまで続いた02805-xxからは断絶している)
新装刊__平成09年(1997)11月 熟女秘宝館11月号増刊秋季特大号(出版50周年,新創刊ではなく新装刊)
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新装2号平成10年(1998)03月 熟女秘宝館03月号増刊早春特大号
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新装3号平成10年(1998)07月(この号以降は未確認)
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※現在、とある事情で一部のリンクが切れていますが、おいおい回復してゆきます。
※画像は少しづつ追加してゆきます。画像の出所は私(龍)の蔵書スキャンに加え、くろねこさんのHPから拝借したものも多数有ります。カストリ時代の表紙画像は蔵書に加えSMPediaとesme氏蔵書から拝借しました。

 奇譚クラブ(雑誌)の全通刊番号・巻号のリストを作成したので公開 -> 筆者(龍)による独自調査(懐かしき奇譚クラブSMPedia・及び自己収集本150冊などを元に前後関係から誤植の割り出しなどを行いました。その際に情報を提供して頂いたくろねこさん他掲示板に投稿頂いた方々協力有難う御座いました。大量のスキャンデータはくろねこさんへ寄贈、調査結果はSMPediaへ反映してあります。)

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※これはスキャンに際してカットされた奇譚クラブの背表紙。1個々々が1冊に相当し、この時点で90冊ほどあります。

 特に初期の頃は本誌でさえ通刊番号や巻号の記載が無い物や誤植が多い事に加えて出版社が取次ぎを介さず書店に直接営業を行い各店舗に販売しており数千部程度しか流通しておらず、かつ半世紀以上経過しカストリ紙の為に劣化も激しく把握が難しい(と言い訳を列記してみたw)。その為、この一覧は前半45号までの間に若干の間違いを含んでいる可能性が有りますが、元が誤植や未記載の塊であり間違いを証明する事も困難かもしれません。しかし後続の通刊番号や巻号の根拠はこの時代に有る訳であって本邦の如く神話の世代とも言え、この通刊番号・巻号がなければ後続は全て根拠の無い間違い番号と成ってしまいます。逆に、45号以降に間違いの可能性は非常に低く、後半は比較的良好な状態を保っているものが多く通刊番号と巻号がしっかり併記されており把握が容易でした。SM誌としてSMに傾倒してゆくのはA5版からと言われていますが、私の意見としては45号からと考えています。

 B5版初期は数枚のカストリ紙(仙花紙)を中綴じした新聞程度のボリュームの雑誌ですが、B5版の途中(須磨利之が参加した頃)から100頁を超え、複数の紙種を使った平綴じへと変化してゆき、A5版では200~300頁前後と通刊80号で一旦休刊するまでは増え続けて行きます。

 1949年の曙書房時代に別冊が3冊確認されています。1960年代の天星社時代にも別冊が出版されていますが、天星社時代の別冊は第1巻第1号の創刊号として記載されており1949年の別冊とは異質の別冊として出版され独自の巻号が付与されている事が判ります。

 別冊奇譚クラブと奇譚クラブ限定版特別号は昭和36年(1961)1月に合併したらしく『別冊奇譚クラブ特別号』という長いタイトルで出版されました、その事を表現するかの様な二人の女性が歩み寄る表紙絵が象徴的に映る。別冊及び限定版特別号は通刊番号に含まれない為に実態把握が難しいのですが本誌広告も含めこれ以降に別冊や限定版特別号は見付かっていません。

 終盤、通刊325号を最後に永らく休刊状態となり7年後に復刊号が登場、同一の雑誌コードで復刊している事から少なくとも出版業界では同一誌として取り扱われていた事に成ります。但し、その後に登場した平成版では雑誌コードが異なっている為、同じ雑誌とはみなされていなかった可能性が高いと思います。しかし平成版には昭和40年代初期に奇譚クラブに掲載されていた記事が再掲載されている事から、何らかの繋がりが有ると思われます。